戦慄的な、衝撃的な、ほとんど完璧な芸術作品 「叫びとささやき」
イングマール・ベルイマン監督の「叫びとささやき」は、戦慄的な、衝撃的な、ほとんど完璧といっていい、芸術的な作品だと思います。
19世紀末、スウェーデンの田舎の邸宅で、癌を病み、死期迫る中年の次女(ハリエット・アンデルセン)と、それを見舞う冷淡な長女(イングリッド・チューリン)と多情な三女(リヴ・ウルマン)と、素朴な召使い(カリ・シルヴァン)。この四人の女たちに、イングマール・ベルイマン監督は、まさに"女"の深奥を凝視し、抉り出すのです。
激痛に苦しみぬく次女の姿は、あまりのすさまじさで、正視に耐えません。そのうめきや絶叫は、死への恐怖だろうか、生への執着だろうか。
冷たい表情をくずさぬ長女は、二十歳も年上の外交官の夫と、五人の子供までもうけながら、性の悦びを知らず、知らないからこそ夫を憎み、自分が女であることを嫌悪するかのように、我と我が深部にガラスの破片を突き刺すのです。そして、三女は医師と情事を持って、富裕な商人の夫を、嫉妬の自殺未遂に追いこんだこともあるのです。
未婚の次女も含めて、三姉妹が真の愛を知らないとすれば、豊満な健康体で、無償の愛で、瀕死の次女に仕えて、胸のぬくもりに病人をかき抱く、田舎女の召使いは、まるでボッティチェリの描く聖母像を思わせます。
この作品は、ドラマ風の物語性はなく、だが"演劇"的で、しかも、鮮烈な"映画"だと思います。
ベルイマン監督は、幼年の頃、魂の色は赤いと信じていたそうです。その、血に似た深紅の色彩を、場面ごとの溶暗溶明に使っています。赤い"魂"とは、女の性か生か、すなわち、エゴの象徴であろうか。女の命が叫び、そしてささやくのです。
回想場面で、三人姉妹の美しい母(リヴ・ウルマンの二役)が登場しますが、ベルイマン監督はこの作品を「我が母に捧げる」と語っていて、母の胎内から生まれて、だが不可解な"女"というものを、四人の女たちの内に、冷徹に見すえるベルイマン監督。
その恐ろしいまでの残酷さに、だが厳しい美しさと崇高な感動があるのです。ここまで"女"を描くベルイマン監督は、あたかも狂人に似て、彼の狂気の前にはひれ伏してしまうのです。
- あなたも感想を書いてみませんか?
- レビューンは、作品についての理解を深めることをコンセプトとしたレビューサイトです。
コンテンツをもっと楽しむための考察レビューを書けるレビュアーを大歓迎しています。 - 会員登録して感想を書く(無料)