リアルな医療現場の描写にダメージを受けたマンガ - ブラックジャックによろしくの感想

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ブラックジャックによろしく

4.504.50
画力
4.63
ストーリー
4.50
キャラクター
4.50
設定
4.38
演出
4.38
感想数
4
読んだ人
6

リアルな医療現場の描写にダメージを受けたマンガ

3.53.5
画力
4.0
ストーリー
3.5
キャラクター
3.5
設定
3.0
演出
3.0

目次

おためごかしのない現場の緻密な描写

冒頭部分の研修医斉藤英二郎のハードな生活ぶりや、自らがアルバイトで診療を行うことなどに良心の呵責を覚えながら、でもそんなことをじっくり考える暇もなく毎日が忙殺されているところにかなりのリアリティを感じた。その後の怒涛の展開で(牛田さんの名医ぶりも遺憾なく発揮されながら)、事故でかつぎこまれた重態の患者と出会う。すさまじいその怪我の描写からもわかるように一分一秒の余裕もないのにもかかわらず自らの自信のなさから斉藤は逃げてしまう。結局金の亡者などと罵った院長がその患者を助けるのだけど、命を助け金をもらって何が悪いと言いきる院長は決して悪人でないように感じる。しかし命を助けるという純粋な気持ちで医者になった者にとっては、その言葉は単純には受け入れがたいものだったろう。そうなのかもしれないけれどでも、という斉藤の自問自答が常にベースにこのマンガにはある。
結局助からないのではないかと思ったほどの重傷だったその患者は、見事にその後一命を取り留める。家族と面会し無事を喜ぶその笑顔はまぎれもなくその院長がすくいとったものだ。いくらきれいごとを言ったところで助けられないのなら意味はないのではないかと感じたシーンだった。
後半小児科で研修を受ける斉藤がこの院長との会話で活路を見出す(極端な方法だとしても)シーンがある。あのシーンのおかげでこの院長はただの守銭奴ではない、ダークながらも名医なのではないかという気がする。

タブーと思われるところに切り込むストーリー

このマンガには数々の息を呑むようなシーンが多く出てくる。前述した事故の怪我の描写もそうだったし、ガンで死んでいく人たちのその衰弱振りや精神の推移、障害をもつ赤ちゃんに対しての両親の思い、その他様々なドラマを緻密に描写している。確かに若干大げさな表現も多いし(宮村さんに病状を専門用語を羅列して説明する不親切極まりない医者はそうそういないとは思うのだけど、それはあえての描写なのかもしれない)反面斉藤の熱血ぶりもひどく青臭く感じるところもある。でもそういうものを全て踏まえても、たくさん考えさせられるところがあった。
最も印象に残っているシーンがある。不妊治療を繰り返して授かった双子のうち一人がダウン症だったことが分かったときの両親の気持ちが全く追いついていないところ。弁護士の夫は頑として赤ちゃんがそのために併発した病気の手術を認めない。このあたりはかなり賛否両論あるのだろうけど、全ての親がダウン症で生まれてきたわが子に純粋な愛情を抱けるわけではないという厳しい真実を描ききったところが心に残っている。障害は個性だという小児科の先生に対し、そういう個性をもって生まれて欲しいと願うかと尋ねる夫の言葉は人の心の真実に迫っているように思った。
あとは精神病棟に入院する患者たちを描いた物語もある。当時小学校に暴漢が入り込むという痛ましい事故があり、そのため精神病棟に入院したことのあるということだけで差別されがちな自体を危機的に描いている。もちろんここにでてくるヒステリックな女性の態度がすべての人々の態度ではないけれど、誰もがこれに近い気持ちを持っているかもと言う気にさせられる。
前述した夫が「悪意のない差別」という言葉を言うシーンがある。この言葉はすべてにあてはまるのかもしれない。精神分裂病という言葉が周囲に誤解を与えるからという理由で統合失調症という言葉になったと言うことを聞いたことがある。でもいくら言葉を柔らかくしようが、中身はそのままできれいにラッピングしたというだけでは何も変わらないと思う。知識や理解がない以上、私たちが気付かずに「悪意のない差別」をやってしまっている可能性もあるということをこのテーマは示唆してくれているような気がする。

抗がん薬と闘う患者たち

様々ながん患者の入院する病棟の描写が時々入る。皆一様に暗く苦しげで、およそ生というものが感じられない。抗がん剤を使い、生を得るために闘っているはずの彼らなのにそれが全く感じられないのは皮肉な話だと思う。反対に抗がん剤での延命をせずに、そのままがんと生きる決心をした少女にはその表情の明るさや美しさにまばゆいほどの生を感じる。もちろん彼女は近いうちにこの世から去る。なのに生き生きと描かれるその様は、どうしても抗がん剤というものに疑問をもたされるような意図を感じる。私自身そのような経験はもちろんないし身内にもいないため、病気に対する恐怖や悲壮感というものは想像でしかないのだけど、抗がん剤によって延命することがそれほど意味のないことにはあまり思えなかった。人それぞれだろうけど、もし遣り残したことなどがあったなら、それによって時間を与えられることは意味のないことではないと思う。薬にはもちろん寛解が目的なのだけど、このマンガによると日本のがんの薬にはあまり楽観的な展望は望めないように感じる。それゆえ、薬を飲んでいる人たちがよくなっているようには全く見えない強烈な描写があるのだろう。
恐怖を感じるとともに、病気にはなりたくないと痛切に思ったストーリーだった。

斉藤先生に関わる人々

研修先で行くところすべてで問題を起こし周りに敬遠されつつも、彼は確実にその周囲の人々の何かを変えている。あきらめたはずの何か、忘れかけていたはずの何か、やらなくてはならなかったこと、一つ一つは小さいけれども確実に何かを変えている。そのパワーは本人自身ももちろん消耗させることだろう。ほっとけばいいのにそうできない彼の不器用さが、いつも彼を問題行動に走らせている。そんな彼を唯一理解する恋人の看護士皆川は、彼に寄り添いながらも彼の気持ちが自分にあるのか、それとも彼が生きているということを確認したいがために自分を利用しているのかもしれないという不安を消せずにいる。このあたりの描写ははっきりとした言葉でなく、皆川の話すセリフ(女性特有の婉曲なセリフではあるが、そのセリフに彼女の気持ちの全てが入っているように感じた)や態度でなんとなく感じられるところが、個人的には押し付けがましくなく好感が持てた。
患者にばかり入れ込むのでなく、自分の人生を楽しもうと思いだした斉藤の顔を見て、末期患者の女性が「笑顔が素敵になりましたね」と言うシーンがある。このあたりの描写は本当に深いところだと思う。

特徴のある絵がもたらす効果

佐藤秀峰の描く絵柄は正直あまり好みではない。妙に平べったい顔つきや体つき、美人な設定の女性が美人に感じず、子供はかわいくない。でもこのマンガにはこの絵柄がぴったりはまっているように思う。死んだ子供がかわいすぎると余計な感情移入をしてしまうし、必要以上に美人である必要もない。しかし怒りの表情や泣くのを我慢する顔などはかなり印象に残る。また何かを決意した時や絶望を感じたときに周りに描かれる筆書きの煙のような、炎のようなもの。あれがもたらす効果は絶大で、時に鳥肌が立ってしまうところもあった。マンガというよりは絵画のような、そのような感じがする。
もっともこのマンガにはたくさんの「過剰」なものがあるようにも思う。特に、医者や薬に不信感を持たせようという思惑を感じずにはいられない「過剰」な医者の態度。そういったものを踏まえてもこの「ブラックジャックによろしく」はなぜか時々読み直したくなる作品だ。この作者の他の作品では「海猿」を読んだけれど、正直あまりいい作品だとは思わなかった(それは個人的にヒロイズムをテーマにしたものがあまり好きでないという理由だけで、設定や展開がどうというわけではない)。なので次は「新ブラックジャックによろしく」を幸いまだ読んだことがないので、暇を見つけたら読んでみたいと思う。

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小説や実写を超えた漫画

医療現場の現実に愕然とするこの作品を見て、佐藤秀峰氏の取材力に驚愕した人も少なくないと思う。若干誇張して描かれたり、変わり者の医師などは実際こんな人いないと、医療従事者のツッコミを受けそうなところはあるもの、医療現場の根っこにある矛盾や葛藤の描き方は、この作品が圧倒的であり、他の追随を許さない最高峰レベルであると言える。マンガは子供が読むものという昭和の頑固おやじや教育ママ的思想を持った人は、この作品を読んだら漫画という媒体に対する考え方すら覆してしまう力を持っている。中でもすい臓がんの中年女性を扱った第四外科編や、精神科編の描写は秀逸であり、自分がガンや精神疾患になった時に、どう病気と向かい合うべきか問題提起をしてくれる作品だ。海猿同様一本気な主人公海猿でも主人公仙崎は公務員でありながら、矛盾に感じることなどはどんどん口に出して先輩に思いをぶつけるタイプであったが、本作の主人公斉藤も...この感想を読む

5.05.0
  • tamamatamama
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