絵本を彷彿とさせるような色鮮やかな短編集 - はじめての文学 村上春樹の感想

理解が深まる小説レビューサイト

小説レビュー数 3,368件

はじめての文学 村上春樹

4.004.00
文章力
4.00
ストーリー
4.00
キャラクター
4.00
設定
4.00
演出
4.00
感想数
1
読んだ人
1

絵本を彷彿とさせるような色鮮やかな短編集

4.04.0
文章力
4.0
ストーリー
4.0
キャラクター
4.0
設定
4.0
演出
4.0

目次

初めて読む村上春樹としても最適

この本は図書館の子供向け、主に小学校中学年くらいからを対象にしたような本棚で見つけた。タイトルを知らなかったので、村上春樹が子供向けに書き下ろしたものかと思い、いい年をしながらその棚から取り、いそいそと借りた。いざ開いてみると、どこかに収録されていたものを選んで短編集にしたもので、全部読んでいたから少し残念に思いながらもせっかくだから改めて読んでみた。やはり若年層向けであるから、選ばれている短編には村上春樹ならではの可愛らしさや不思議さ、ユニークさや不思議さがいっぱいに詰め込まれていて、改めて読みなおしても十分満足させられる作品だった。
私が初めて村上春樹を読んだのは中学生のときだった。「1973年のピンボール」。これは長い間私のバイブルだった(ちなみにもうひとつのバイブルは、サリンジャーの「ライ麦畑でつかまえて」だった。)。この本は恐らく中学生が読むにはいささか影響力が強すぎたと思う。私を形成している基礎のどこかを大きく変えた作品だった。だから村上春樹を読むのはもうすこし精神が確定してからのほうがいいと常々思っていたのだけれど、もしかしたらこういう柔らかな本を先に読むと“緩衝材”のようになって、影響を受けるにしてももっと穏やかなのかもしれないと思った。もちろんそれがいいのか悪いのかは本人しかわからないけれど。
これは全部で17の短編が収録されている。話の長い短いはそれぞれあるけど、すべてのストーリーは生き生きと脳内で映像化される。村上春樹の本はいつもそれが顕著だけど、今回のこれは、色彩豊かで愛らしくユーモアがある絵本のように映像化される。この感覚はその辺の映画を見るよりも長く素晴らしい余韻を残す。そういった短編たちだった。

村上春樹の卓越した言葉のセンス

彼の特徴はその卓越した言葉選びのセンスと表現の豊かさにあると思うが、今回選ばれている短編集にもその魅力はたっぷりとつまっている。たとえば「かいつぶり」、なぜこの言葉を選ぶのか。そして手乗りかいつぶりは一度乗せてみたい。「もしょもしょ」にいたってはまるっきり意味がわからない。意味がわからなすぎていろんな比喩が成立してしまうけど、これはそんな無粋なことはせず、ただ言葉遊び的に楽しみたい。また彼はハードボイルド風味の物語を書くのもうまい。これには収録されていないけど、別の短編「サウスベイ・ストラット」もいい味を出している。街にあふれている加齢臭漂うような代物でなく、ハードボイルドはこうあって欲しいというようなストーリー展開と、いかにもそういう雰囲気の文章が心地よく、もっと長編をお願いしたいところ。「シドニーのグリーン・ストリート」は若干コミカルには書かれているものの、ベースに備わっている“ハードボイルド風味”がたまらなく魅力的だ。個人的には「カンガルー日和」「とんがり焼きの盛衰」が好み。また「カンガルー日和」はこの「はじめての文学」に収録させるため変わっているところがたくさんある。最後のビールがホットドッグになってるところなんてなんとも憎い演出。
「とんがり焼きの盛衰」。なんとなくお役所を皮肉っているようにさえ取れる。が、前述したように、村上春樹の描くストーリーを別のことを示唆しているのではないかと想像したり、深い意味合いをもたせてみようとすることは間違ったことのように感じる。彼の文章をそのまま読んでそのまま感じたことこそ、大事なことのように思えるから。
もうひとつ。彼の描くホラーは怖い。特別に怖がらせるのでなく淡々と描写されている分、恐怖が後から来る。ベースが日常であるからこそ余計想像もしやすいし。そういう意味で、「鏡」は怖い。ちょっとここに収録してもいいのかなと思った(「緑色の獣」もそうかもと一瞬は思うけど、あれは別にいいと思う。もしかしたらクローゼットのお化けを退治できる裏技にもなるかもしれないし。)。幽霊もお化けも何も出ないのに、怖さを感じさせるいい作品ではあるのだけど。
村上春樹の本を読んだあとはいつも心地よい余韻を感じることができる。短編集の場合は、それぞれがそれぞれの独立した魅力もありながら、すべて読み終わった後全てが渾然一体とした感じさえ味わえる。まるで、様々な香りを併せ持つ上質なワインのように。

昔教師に言われた言葉

小学生の時の作文の時間、教師が言っていたことで印象的に覚えていることがある。「きれいなものをきれい、楽しいことを楽しいと書かずに表現してみなさい」。この言葉はあれから30年以上たった今でも時々思い出す。これを言った教師が誰だったのかと言うことはさっぱり覚えていないのに、この言葉はずっと心に残っている。そして村上春樹の本を読むと、あれはこういうことなんだなと感じることが出来る。彼は時々ひとつのことを描写するのにかなりの文章を使うことがある。それによって読み手は、まるで映画のようにくっきりとした情景(時には匂いさえも)を思い浮かべることができる。だから、こういう文章を書ければと昔よく憧れた。それは今でもそうなのだけど。
そういう意味で、若い人たちがこのような上質な文章を読んで想像力が豊かになれば、未来の小説家が増えるのかもしれない。それは私にとっても楽しみなことだ。

あなたも感想を書いてみませんか?
レビューンは、作品についての理解を深めることをコンセプトとしたレビューサイトです。
コンテンツをもっと楽しむための考察レビューを書けるレビュアーを大歓迎しています。
会員登録して感想を書く(無料)

関連するタグ

はじめての文学 村上春樹を読んだ人はこんな小説も読んでいます

はじめての文学 村上春樹が好きな人におすすめの小説

ページの先頭へ