タイトルを並べるだけで小説になるような - 象の消滅の感想

理解が深まる小説レビューサイト

小説レビュー数 3,368件

象の消滅

5.005.00
文章力
5.00
ストーリー
4.50
キャラクター
5.00
設定
5.00
演出
5.00
感想数
1
読んだ人
5

タイトルを並べるだけで小説になるような

5.05.0
文章力
5.0
ストーリー
4.5
キャラクター
5.0
設定
5.0
演出
5.0

目次

ニューヨーカーが選んだ珠玉の17の物語

この本は、タイトルにもなった「象の消滅」を始めとする(本当は、このタイトルはすべての短編の最後に納められている。)全部で17の短編集である。もともとはニューヨークで発行された「The Elephant Vanishes」を日本で発行したという異例の逆輸入ということらしいが、これらの短編を選んだのがニューヨーカーたちだることが実に興味深い(もちろんニューヨーカーだけではないのだろうけれど)。余談だけれども、この「象の消滅」の英訳「The Elephant Vanishies」のこのVanishの意味が、これで初めて実感として腑に落ちたことを覚えている。
収録されている短編たちは英訳された上でも尚、その魅力そのままに生き生きと表現されたのだろう、ニューヨーカーの趣味は素晴らしいと評価せざるを得ない短編たちである。もし私だったら何を選ぶだろうか、というような競争心も出てくるのがちょっと楽しいし、何作品かは同じものを選ぶような気もする。これだけ個性豊かな短編たちを選んだニューヨーカーたちには確かに脱帽ものなのだが(なんだったらちょっと昼ご飯でも一緒に食べたいくらい。夜ご飯でなく)、でもなぜタイトルがこの「象の消滅」なのかは少しわからないような気もする。もちろんどれがタイトルになってもおかしくはないのだけれど。

村上春樹が選ぶ言葉のセンス そしてその物語性

村上春樹ファンなら誰でも、彼の短編を愛さない人はいないだろう。彼のつむぐ物語は、短ければ短いほどその魅力を如何なく発揮するといっても過言ではない。(もちろん長編小説にそれがないと言う訳でなく、短い文章の中にそれ以上の魅力をこめられると言う意味で。)
現実主義(と呼ぶべきかどうか)の人は村上春樹の小説を呼んで、一貫して「意味がわからないから読み進められない」と言う。現に私の友人の何人かは口をそろえてそう言う。でもその「意味のわからなさ」を含む現実離れしたストーリー展開は、村上春樹の小説の大事な魅力のひとつであることは間違いない。
彼が選ぶ言葉でつむがれた小説は、それこそどのページを開いて読んでも十分満足させてくれる。それは鮮やかな映像とともに脳内で像を結ぶ。それを可能にしているもののひとつは、村上春樹が書く「例え」の秀逸さではないだろうか。彼の小説には頻繁に「まるで…のように」といった例えがよく出てくる。この「例え」は、絶対に凡百の小説家にはまねのできないセンスと表現力でなりたっている。この「例え」を読むたびに、何度も反芻するように読んでしまうのは私だけでないと思う。
また、彼はもしかしたら笑いのセンスも優れているのではと思わせるところも多々ある。それはこれに収録されている短編にもあるが、それ以外にもそういったことを感じさせる文章はよくある。元々が関西の出身だし、そういった生の笑いには触れながら育っただろうし、その上持ち前の感性も併せ持って、実はかなりの笑いのセンスの持ち主では…と考えてしまう。
またそういったセンスは、彼が翻訳する本にも随所にちりばめられていて面白い。もちろん翻訳なのだから原作に忠実でないといけないのは絶対なのだけれど、それでもその翻訳した文章の後ろには確実に、「村上春樹」がいる。だから彼の翻訳した小説は、少しだけ彼のものになっている感じがして面白い。

村上春樹の短編の魅力

この「象の消滅」には、タイトルにもなった「象の消滅」も含め17の短編で成り立っているのだが、もちろん、この17の短編に甲乙などつけられるはずもない。好みから言うと「四月のある晴れた朝に」や「カンガルー通信」かなと思いきや、いやいや「パン屋再襲撃」も捨てがたく(深夜のビッグバーガーほど魅力的なものは少ない)、「ローマ帝国の崩壊・一八八一年のインディアンの蜂起」では毎回かき鍋が食べたくなるし、「納屋を焼く」の訳のわからなさもいいし(これはサンドイッチが食べたくなる。そしてビールも)、「ファミリーアフェア」の兄としての主人公はちょっと村上春樹の小説のなかでは新鮮な感じもするし(渡辺昇はここでも健在)。「午後の最後の芝生」。これはもう完全に私のなかで、こういう映画を見たかなと思わせるほど、完全に脳内で映像化されている。そして「レーダーホーゼン」。もしかしたら女性のほうが理解ができる物語かもしれない。なぜこの物語を男性である村上春樹が書けるのか。こういったことを考えると、これらの短編には甲乙は絶対につけることはできない。
もちろんこれらの短編はここだけでなく、別のところにも収まっていたものを引っ張ってきたのだろうけれど(「レーダーホーゼン」が「回転木馬のデッドヒート」からであるように)、文章がまったく一緒でないところも特筆すべきものだと思う。もちろん一緒のものもあるのだけれど、ほんの少し文体や表現を変えてあるのはそれを見つける楽しみもあるし、何度も同じ文章を読んでいる読者側にも、軽い新鮮味を与えてくれる。
最後に、彼の物語を理解できる人間でよかったと心から思う。お酒を飲めない人は人生の半分を損しているとよく言われるけれど、それは村上春樹の小説を理解できない人にも当てはまるのではないだろうか。

あなたも感想を書いてみませんか?
レビューンは、作品についての理解を深めることをコンセプトとしたレビューサイトです。
コンテンツをもっと楽しむための考察レビューを書けるレビュアーを大歓迎しています。
会員登録して感想を書く(無料)

関連するタグ

象の消滅を読んだ人はこんな小説も読んでいます

象の消滅が好きな人におすすめの小説

ページの先頭へ