原作よりドラマが面白い不思議な作品
小説<<<<<<<ドラマ
『フリーター、家を買う』は、『図書館戦争』に次いで、有川浩作品のなかではかなり認知度が高い作品なのではないだろうか。
というのも、少し前の話になるが、この作品『フリーター、家を買う』はドラマ放送されているのである。主演は二宮和也、母親役は浅野温子、父親に竹中直人と、TVドラマにしては恵まれすぎるほどの豪華俳優陣。ストーリーは原作からだいぶ脚色されているが、実によくまとまっていて感動できる良作だった。お母さんが騙されて息子の就職お守り買ったシーン、筆者はボロ泣きしました。
ところが、その原作となった小説版は、物足りない出来だったように筆者は感じている。
詳しくは次項から説明するが、そこに有川浩の作家性の問題点があるのである……。
どこか鼻につく有川浩作品
そもそも有川浩はライトノベル出身だ。今では知名度・応募者ともに業界最高の電撃文庫大賞で、大賞を受賞した経歴の持ち主である。ちなみに電撃は名の知れた有名作家(上遠野浩平、成田良悟などなど)を多数輩出しているが、その中でも有川浩は筆頭有望株だろう。なにしろ、文学界で売れっ子になった作家は、有川浩ぐらいだ(余談になるが、筆者は壁井ユカコを応援している)。
しかし、有川浩は、実は好き好みが分かれる作家だ、と筆者は思っている。
というのも、文体に彼女の個性が鏡映しになっているからだ。
彼女のエッセイや複数の作品に目を通すと、その特徴が鼻につくように目立ってくる。
自らの価値観に一切の疑いを持たず、かつ世間の意見に揺らされることもなく、「作家たる自分」に誇りを持っているように映るのだ。かなりキツイ例え方をすると、彼女は新卒から一つの会社で十年以上のキャリアを積み、上司から信頼されているものの、合わない後輩からは疎まれる、社会全般に対して上から目線の「こじらせたお局OL」のようなのである。やけに具体的なのは突っ込まないで頂きたい。
そしてその人格は、作品性にも影響を与えている。
人間(作家ではなく、あくまで人間)・有川浩を好きになれない読者にとって、有川浩作品は苦痛だ。
前述のお局OLに、「私はこういう人間(作家)なの。それが会社(社会・世の読者)に評価されてるの。私の言うこと(書いてる小説)間違ってる(つまらない訳ないでしょ)?」と見下ろされている気分になるような小説ばかりなのである。
お決まりのパターンから脱却ならず
もっとも強調しなければならないのは、彼女は文芸作家であり、エンターテイメントに特化した作家ではない、ということだ。
彼女の小説は、基本的に読者を楽しませよう、何かを世に訴えかけようというスタンスはなく、「私の感じ取っている世界を皆さんにもご提供します」という切り口なので、ライト文芸が好きな読者にはとことん向いていない。
まず、有川作品のスタンスとして、主人公は何らかの危機的状況に置かれている。今作ではそれが母親のうつ病の介助である。そして、主人公がある程度問題を乗り越えると、とんとん拍子に物事がうまくいく。
『フリーター、家を買う』もまた、人間ドラマでもなんでもなく、「フリーターだった俺だけど一生懸命働いたらお金貯まりました」という準エッセイ風小説に過ぎない。
しかもエッセイ風というには、現実感が足りないのもまた痛い。
まず、主人公をはじめ、どのキャラクターにも人間性に魅力がない。青年男性、成人女性、年寄り男年寄り女と、一定のカテゴリに属されたキャラたちは口調も性格も一緒になるのが更に痛い。
また、設定にも現実味がないように感じる。主人公はフリーターを辞め、建築関係の仕事に就くのだが、実際これは相当キツイ仕事だ。
「母親のためだ! 頑張るぜ!」と決意したところで、フリーター上がりのひょろい男(ここは二宮の脳内イメージが強い)が、フルタイムであっさりと勤められる仕事じゃない。しかも、ああいう仕事って残業当たり前で一日十二時間労働とかも普通にあるし、雨の日は働けないし、一か月に休日四日あれば良いとこが大半なんですよ……? ホワイトな建築関係ってたぶんかなり少数派ですよ……?
また余談になるが、嵐ファンの友人がドラマ版を観て、「ニノ、すごいマザコンじゃん!」と珍しく非難していたのだが、キャストに好意的なファンの目から見ても、あの主人公はひどいマザコンのようにしか映らなかったようだ。つまり、有川浩は視聴者がもっとも感情移入出来るはずの主人公のパーソナリティー形成に失敗している、とも考えられる(それはドラマ版の話では、という意見も聞こえそうだが)。
現実作品を描くならちゃんと物事を取材して描くべきだし、空想文学を描きたいなら、もっとファンタジーらしい要素を取り入れるべきだっただろう。『図書館戦争』では自衛隊について自ら取材をしたと聞いているのに、『フリーター、家を買う』でのこのリアリティの無さは一体どうしたことだろう。
総じて、有川浩作品は、「わたしのかんがえた りそうのキャラクター」を集めました、という感じで、個人的にやっぱり好きになれない。
筆者は有川浩デビュー作『塩の街』を読み、その当時から「有川浩好きではない派」なのでずいぶん辛らつな意見を並べてしまったが、こういう人間もいるということを有川浩ファンには何卒容赦していただきたい限りである。やっぱり小説は好みが分かれるものですね……。
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