どうしたもんか、この作品 神と言われる人も失敗すると知る - 奇子の感想

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奇子

2.502.50
画力
3.00
ストーリー
1.00
キャラクター
1.50
設定
1.00
演出
1.00
感想数
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どうしたもんか、この作品 神と言われる人も失敗すると知る

2.52.5
画力
3.0
ストーリー
1.0
キャラクター
1.5
設定
1.0
演出
1.0

目次

手塚治虫「冬の時代」の終わりにあたる作品

本作は1972年から約1半ビッグコミックに連載された。現在では漫画の神ともいわれる手塚治虫だが、この時期はいろいろなことに悩み苦しんでいたようである。まず漫画界をめぐる背景としてリアル路線の「劇画」や大人向けの人間ドラマをメインにした「青年誌」が台頭したため、それ以前の漫画の主流であった「奇想天外」「少年の夢」を題材とすることが多かった手塚は苦戦を強いられていた。さらに「鉄腕アトム」で一世を風靡したアニメ制作会社「虫プロダクション」も旬を過ぎたのか、この時期倒産している。これによって手塚本人も巨額の負債を抱えることになったらしい。また関係者からネタを奪われる騒動=いわゆる「W3事件」まで勃発し、これをきっかけとして講談社との付き合いが数年にわたって途切れるなど、あらゆる意味でストレスが多かったと思われる。このあたりのいきさつはweb上にたくさん流れているので多くは書かないが、手塚本人もこの時期を「冬の時代」と認めており、その苦悩がうかがえる。

そしてこの「奇子」である。上記の長い低迷期から復活を遂げた代表作として「ブラックジャック」、「火の鳥」「三つ目がとおる」などがあげられるが、本作は「ブラックジャック」開始直前の作品で、ある意味最後の低迷作品とも呼べる。実際に、陰惨な内容、一貫性が無い展開などから決して人気作とは言えない。本考察ではどのあたりが悪いのか、こつこつ上げていきたい。

何を狙っているのかわからないバラついた展開

連載開始当初は第2次世界大戦直後の混乱を背景にしており、1972年当時日本でも人気を博したアメリカのテレビドラマ「スパイ大作戦」などを意識した部分もあるように思われる。しかしその部分はすぐに影を潜め、家長制度や村制度の風刺に移行するかと思いきや社会主義運動などの要素も見え隠れしだす。下田警部の登場シーンなどではサスペンスに展開する気配をにおわせるがそれも大して実を結ばず、息子の波奈夫が青春ドラマでも繰り広げるのかと思えばそれも浅い。終わってみれば天下一族の衰退を書き表した叙事詩、とも言えるが市郎、伺朗、志子の顛末はなんとも雑である。今にして思えばたくさんキャラクターを出しておけば何となく繋がるか、といったアイドルグループ商法に見えなくもないが各キャラクターが地味なため、それもおぼつかない。手塚治虫低迷の象徴ともいえる「どろろ」もストーリー展開がバラバラで、作品としては評価しがたいが、どろろと百鬼丸のキャラクターが立っていること、敵を倒すごとに体の一部を取り戻すという独特の設定もあり40年たった今も愛されている。しかし本作が語られることと言えば、手塚治虫も結構エロい話を書いている、と言ったコンテンツで紹介される程度で作品同様なんともやるせない評価に終わっている。

感動、カタルシス、盛り上がり、何もないままなんだか終わる・・・

掲載誌自体が「青年誌」にカテゴライズされるビッグコミックであるため、社会のやるせなさを意識しているのも明確だが、そのためか話自体の盛り上がりが少なく、前述の「奇想天外」要素も意識的に排除しているため、手塚作品特有のワクワク感が全くない。登場人物も自主性が低い人々ばかりで、それ以前の手塚作品には見られない3流メロドラマのような展開が続く。タイトルである「奇子」が成長して美しくなる展開は誰もが予想するところだが、そこまでがとにかくだらだらと長い。成長した奇子を目にするまで当時の読者が我慢できたかどうかかなり疑問である。また我慢の末にそこにたどり着いてもこの「奇子」本人が全く自主性がない。トピックス的には「美人」「性的に奔放」と漫画的要素は強いが、それ以外に何もないという救いようがないキャラクターに堕している。いっそ「成長して美人になる」という可能性を持っていた幼少期の方がマシだったかもしれない。後半は60年代に流行したヤクザ映画などの影響も受けているのかという描写もあるがさほど抗争シーンがあるわけでもなく、なんとも浅い印象しかない。

同誌掲載の前作「きりひと賛歌」が陰惨な内容ながらもそれなりの盛り上がりを維持しつつ、テーマを貫き、カタルシスとハッピーエンドにたどり着いたのに対して本作は最後まで「ダラダラ」「やるせなさ」を繰り返す。ムリな性描写の挿入も読者サービスなのだろうが、なんとも空しい。それまでの威光を捨てて新しいジャンルに挑んだ作品ともいえるかもしれないが、残念ながらそのチャレンジは失敗と言わざるを得ない。慣れない「青年誌」への執筆で自暴自棄になったのではないかと思えるほどだ。仮に「面白くない作品を書こう」と思ったのであれば本作は成功と言える。本作だけ読めば手塚治虫は「終わった」と思った読者も多い事だろう。救いがあるとすれば本作が手塚治虫の底辺で、そこからV字回復したとわかっている事、加えて「天才」、「神」ともいわれる人物ですら低迷することもある、という事実がのちの人間に勇気を与える、という2点だろう。

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