ヒーローの定義
人々を魅力する個性
生き物はみな個性を持っている。似通ったものがあるものの、同じものはない。この作品では超人的な力のことを「個性」と呼ぶ。火を吹くことができる者もいれば、物を浮かすことのできる者や異形の姿をしたものまでいる。そして、「個性」という力を手にした彼らは輝かしい夢の職業、ヒーローを目指すのだ。
デクこと緑谷出久はNo.1ヒーローであるオールマイトに憧れ、自身も彼のようなヒーローになりたいと夢見ていた。しかし、悲しいことに、彼には「個性」が宿らなかった。彼は何の「個性」も持たない「無個性」だったが、幼なじみが敵に襲われる事件をきっかけに憧れのヒーローの「個性」を受け継ぐことになる。
優しい男、デク
デクはとても優しい男だなと思った。困っている人がいれば手を差し出さずにはいられない。例えそれが自らを犠牲にすることでも。ヒーローには驚異的なパワーも必要だが、自分を犠牲にしてまでも他人を想うことも重要だ。その点に関してはデクは誰よりも秀でている。時より周りが引いてしまうほどに発揮されてしまうこともあるのだが。
私はこの自己犠牲の精神こそがデクの本来持っている「個性」ではないのかと思う。あの世界では認められないのかもしれないが、彼はその特殊な「個性」を持っていたからこそ、オールマイトから「ワン・フォア・オール」を受け継ぐことができたのだろう。そもそも「ワン・フォア・オール」も何かを出して攻撃するわけではなく、あくまで武器は我が身なのだ。それに「一人は皆の為に」なんて、名前からしてもデクにしか受け取れないような能力である。
そんなデクには幼なじみの爆豪がいた。彼はデクの正反対で、なんでもやればできてしまう才能の持ち主。「個性」も名前に負けないくらい豪快な「爆破」だった。そんなデクと爆豪の仲は彼らが成長するにしたがって悪くなっていく一方だった。
どちらかというと爆豪の方が因縁をつけているようにも見える。もしかすると彼は、彼にとって得たいの知れないものになってしまったデクを少なからず恐れているのではないだろうか。今までは「無個性」でなんの取り柄もないデクだったが、自分の知らない間に「個性」を得て、自分と匹敵するほどの力や知恵もつけている。今まで築いてきたものを奪われるのではないかと、なんでもトップにこだわる爆豪は恐れているのだろう。そして何よりも、これだけ嫌っていても何かと差しのべられるデクの手に、自分との差を見せつけられるようで気に食わない。プライドが許さない。だから、幾度となく払ってきた。それでもデクは爆豪のことを見捨てることはできない。幼なじみであり、何よりも「憧れ」だったのだ。そもそも見捨てるなんてことはデクの自己犠牲が許すわけがない。
ヒーローとは
誰が「ヒーロー」で誰が「悪役」なのか。こんなシンプルな疑問を深く考えさせるキャラクターがいた。
コミック5巻から登場する敵ステイン。彼はヒーロー殺しと恐れられ、追われていた。デクたちと衝突し、気絶寸前の彼が放った言葉は世間を揺るがした。「ヒーローを取り戻さねば」。彼はオールマイトを本物のヒーローと言い、それ以外で彼の中で当てはまらなかった者たちを贋物と言う。No.2ヒーローですら、ステインの中では贋物でしかない。その気迫はオールマイトに匹敵するほどで、プロとして活躍している者たちを圧倒した。ヒーローは見返りを求めてはいけない、誰かが手を汚さなければならない。彼もデクのように自己犠牲の精神を持っていた。そして誰よりも正しい社会を求めていた。誰よりも本物のヒーローを尊敬していた。しかし、ヒーローになるため進んだ道で現状に失望した。そして異常な程の執着は彼の信念や自己犠牲精神を焚き付け、自らの手を染める道を選ばせてしまった。全てのヒーローを正し、社会を正すために。果たして彼をヒールと呼んで良いのだろうか。
ただ立ち位置ややり方が違うだけで、どんなに正しい理想を持っていても「敵」と見なされてしまう。反対にどんなに下らないものでも立派な「ヒーロー」に見えてしまう。「ヒーロー」と「悪役」とは紙一重なのだ。ただただ「悪者」を叩きのめし、人々の上に立つ者たちが「ヒーロー」なのか。ただただ人々を翻弄し、世間を騒がせる者たちが「悪役」なのか。その疑問に無我夢中で答えを求め、実行しようとしたのがステインなのだ。
もし、ステインの粛清が成功し、全てのヒーローが彼の理想に叶う者たちだけになったとき、彼はどうなっていたか。きっと彼はオールマイトに殺されることを選ぶだろう。正された社会の中では自分はいらない存在。だから本物に粛清されるのが正しい。それで計画は全て成功。でもオールマイトや本物の見込みがあると言われたデクには手を下すことはできない。なぜならその社会になるための一番の功労者はステインなのだから。きっと彼は哀しき「ヒーロー」になっていたのだろう。
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