16歳の衝撃
新人だからと侮ってはいられない
大抵の賞を受賞する若手作家などは、作家自体の売れこみがオビなどに添えられているものだが、筆者はあれが好きではない。作品でなく作者で売ろうという心意気がそもそも気に食わないし、「新人で若いから多少の不出来は勘弁してね」という免罪符が張られているようで嫌なのだ。
だが、乙一にはそれが必要ない。確かにデビュー当時はやたらと16歳だとか天才だとか色んな騒がれ方をしたものだが、メディアの押しつけがましい“補助輪”は乙一の作風には全く無用で無粋な存在だった。
『夏と花火と私の死体(以下、夏と花火と)』の乙一の文章には、若さゆえの瑞々しさや才能という言葉を挟む猶予がない。若い文章書き特有の「たどたどしさ」だとか、「知識のひけらかし」などが、乙一の文章には全くないのだ。かといって古めかしい文体でもなく、難しい言葉を使うこともなく、淡々と少女の一人称を繰り、ぞぞぞと這い上がってくるような物語の軸を形成している。
一作家として完成されたものが、『夏と花火と』に形となって表れているのだ。
小説にしかなりえない『夏と花火と』
この世にあるホラー作品といえば、多くの人は映画を思い浮かべるだろう。人々にとってホラー=映像作品という意味合いが強くあり、漫画や小説でのホラーというと知名度では一歩遅れを取るに違いない。
しかし、『リング』ももともと小説が原作であり、『ミスト』『キャリー』など名作ホラー映画もまたスティーブン・キングの小説が原作である。そもそも文章媒体といったものは、ホラーの土壌となるメディアであり、また“想像する恐怖”というホラーの一側面を描きだすのに長けている表現手段なのである。
『夏と花火と』はというと、むしろ小説でしか表現出来ない作品といえよう。
友人の衝動により殺されてしまった主人公「わたし」。死体となった彼女の視点で、兄妹がいかに自分の死体を隠すかが描かれている。「わたし」が見つかるか見つからないか、そのハラハラがラストまで続いていき、読者をドキドキとさせてくれる。
ここで一度、映画で死体がモノローグを喋っているところを想像してほしい。ものすごくシュールなうえ、映画としての面白さもへったくれもないと感じるだろう。かといって、死体が心中を語りださなければ『夏と花火と』の魅力が映えない。漫画でも同様だ。
また、『夏と花火と』の結末も小説でなければ成り立たない。結局「わたし」の死体は誰にも見つけてもらうことなく隠され、「わたし」以外の登場人物は幸せそうな後味の悪いラスト。これは一物語の完結をしっかりと求められる映画や漫画の結末にはなりえなかっただろう。
こういった点から、『夏と花火と』は小説でなければ実現不可能なホラー作品であるといえる。
これを証明するように、『夏と花火と』は学校の推薦図書になるほど知名度のある作品なのにも関わらずいまだに映像化されていない。そもそも乙一の作品が映像化されていないのだが、この理由についてはっきりとしたことはわかっていない。
『夏と花火と』の真の怖さとは
さて、次はホラーとしての『夏と花火と』を検証していこう。
確かに“死体が語る”といういかにもホラーらしい要素はあるものの、そもそも『夏と花火と』に心霊的恐怖要素はない。幽霊に取りつかれるとか、何日以内に呪いを解かないと死ぬ、とかそういったファクターがないのだ。
ではなぜ先ほど『夏と花火と』の“想像する恐怖”という言葉を挙げたかというと――結末のその後のことを示す。
先ほども述べたとおり、『夏と花火と』は「わたし」にとってバッドエンドで終わる。兄妹は「わたし」の死体を隠し、おそらく日常へと戻っていくのだろう。「わたし」の家族は突然消えてしまった娘を待ち続けるのだろう。
罪を犯してしまった人が自らの罪を罪とも思わず平然と日常を生きる、そのことこそが、『夏と花火と』の最大の恐怖なのである。
作中登場する罪人たち(健と弥生、緑)に「わたし」の死を惜しむ言葉も自分たちの罪を振り返る描写は一切なく、ただ自分たちのしている罪の隠匿を測るに終始する。しかも、二人の兄妹にホラーの犯人にありがちな“狂気”が見られない、というのも独特だ。無邪気な子供が、日常の延長として幼馴染を殺し、当然のように死体を隠そうとする。まるで夏休みの宝探しでもしているかのように。
この這いよるような気持ち悪さこそが、『夏と花火と』がホラーである要因だ。
結局、一番怖いものは人間、という結論が、読者の想像の先に浮き彫りになる。
繰り返すが、これが16歳の考えた結末と思うと脱帽である。あとがきや書評で評価した作家陣が絶賛した様子がうかがえるが、これも当然だと思う。
死体が語るという斬新なテラースタイル、後味の悪い結末、人間が最大の恐怖という結末。
乙一は年齢ではなく、この作品の出来栄えによって評価され、鮮烈なデビューを飾ったのだ。
一従業員がたくさんの死体を冷蔵庫にしまっている、という設定こそ荒唐無稽にとれるが、そこは目をつむろう。
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