戦前の美しい日本と不倫のコントラストが印象的
直木賞受賞作家『中島京子』作品の映画化
映画予告を見てすっかり気に入ってしまった。原作は直木賞作家の小説ということで、少し嫌な予感がしなくもなかったが、そこは山田洋二が監督だと気を取り直して。しかし、布宮タキ(倍賞千恵子)が亡くなった後、荒井健史(妻夫木聡)がノートをめくりながら回想禄へと移行するという流れに、ますます嫌な予感は増すばかり。演出上仕方のないことなのかもしれないが、戦前の昭和初期に青春時代を送った女性がノートに書き残してまで大切にしたかった想いを、この映画はどんな風に表現するのか想像ができなかった。そしてやはり、壁に掛かったおうちの絵が示すものと、タキの『想い』の本質が私には最後まで掴めなかった。
昭和初期の美しい日本が舞台
戦前の昭和11年が映画の舞台というところに心を揺さぶられた。かつて日本が最も美しかった時代。どこか懐かしく、幻のようにロマンチックな時代の空気感が見事に表現されていて素敵だった。また若いタキ(黒木華)が故郷の山形を離れるシーンはドキュメンタリーを見るようで、本当に当時の雪国を垣間見るような錯覚に陥りとても感動した。こういうところに山田映画の素晴らしさを感じる。
切ない恋愛物語
戦前の不倫物語という題材を、平井時子役の松たか子が好演していた。始めは少し違和感があったが、映画全体が全く嫌味のない美しい純愛のように見えたのは、松たか子の演技力によるものだったとあとで感じた。時子に憧れる少女・タキに最後までどっぷりと感情移入することができた。また吉岡秀隆が演じる板倉正治のキャラも、これ見よがしのイケメンでないところが良かった。『この男の何処が良いのか』などと考えているうちに、知らず知らず自分も彼のことが気になってしまい、時子と同化してしまい、おかげで令状が来た時はほんとうに悲しくなってしまった。しかしタキと板倉の間にあった感情は薄っぺらく、蛇足な気がしたのみならず、この映画のせっかくの持ち味であるシンプルさを邪魔し、映画を無駄に複雑なものにしてしまっている気がする。
観終わった感想…
小さいおうちが東京大空襲で壊滅するシーンは、初期のゴジラか何かの特撮を見ているようで興醒めした。全体としては、タキの故郷のシーン、東京の小さいおうちのシーン、そしてタキが晩年を過ごす家。それぞれが眩しいほどのコントラストで描かれていたのが印象的だった。戦争そのものがあまりリアルに描かれていなかったことで、昭和初期という時代がリアルに感じられ、却って戦争の恐ろしさを想像させた。幸せとさえ実感できないような何気ない日常が、突然奪われてしまう事こそが戦争の恐ろしさなのだと思った。
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