シリーズ最後のピースは、どこに当てはまる? - スカイ・イクリプスの感想

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スカイ・イクリプス

4.504.50
文章力
5.00
ストーリー
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キャラクター
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設定
4.50
演出
4.00
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シリーズ最後のピースは、どこに当てはまる?

4.54.5
文章力
5.0
ストーリー
4.0
キャラクター
4.5
設定
4.5
演出
4.0

目次

後半になるつれ重要な話に

スカイ・イクリプスの短編のうち、前半のお話というのはファン向けのちょっとしたこぼれ話みたいなものであるが、最重要なネタばらしも混じっている。しかし、いかんせん話が複雑であるゆえに、一度読んだくらいでは内容が理解できない本シリーズ。そういうわけで、本考察ではこの短編の一話ずつ、重要なポイントをあげてみたいと思っているが、単なるスピンオフである部分に関してはまとめてここで触れておこう。まず第一話、ジャイロスコープは、いい感じにベタつかない二人の仲良しエピソードである。終わり。次に、ナイン・ライブス。これはティーチャが会社を移った先の話であるが、ここで確認するべきは、草薙の娘とティーチャはつつがなく暮らしているという事実だけである。つまりは、ミズキは娘ではないと、それだけわかっていれば十分だ。そして、ワニング・ムーン。なかなか印象的な話だが、これは少し特筆するべきポイントかもしれない。海に落ちた話というのは、スカイ・クロラで草薙とカンナミが会話していた時に、カンナミが話した内容である。明らかに妄想に近いスカイ・クロラのストーリーの中で、この話にはなんらかの事実が裏付けにある証拠であるということだ。ちなみにその時草薙は、ダウン・ツ・ヘヴンでの体験を語っているのだが、この草薙は偽草薙と考えるのが自然であるため、実際に発言したのは真草薙こと、カンナミだろう。あるいはあの会話自体嘘なのかもしれないが……筆者はワニング・ムーンの主人公は、スカイ・クロラでの偽草薙ではないかとも考えているが、根拠はない。おそらくは草薙の経験ではないのだとは思っている。ここであえて一話飛ばして、ハート・ドレイン。これはカイが草薙と出会った時のエピソードであるが、おそらくそれ以上の何者でもない。終わり。

スピット・ファイア

さて、ここからが大事。これもちょっとしたスピンオフかと思いきや、さらっと重要な人物が出てくるエピソードである。この話の登場人物のうち、マスターとフーコ、クスミはわかるが、黒スカートの女とバイクに乗っていたキルドレに関しては、いまいち判然としないだろう。最初読んだときは、誰だこいつらと思ったものである。ところで、この店の前にいる老人は空から降りてくる神を見たと言っているが、これはフラッタ・リンツ・ライフで道路に降りた栗田の機体のことかもしれない。そうだとすると、この物語の時系列が把握できる。栗田が道路に降りてから、フーコがいなくなるまでの期間がそれに該当するだろう。この時、作者がわざわざ一話割いてまで登場させた黒スカートの女……いったい何者なのか。実は彼女こそ、偽草薙であると筆者は考える。クレィドゥ・ザ・スカイにおいて唐突に提示された、偽物の草薙という概念。それを前提に置くと、スカイ・クロラの主人公は草薙であり、自分がカンナミになった夢があの話なのだとすんなり理解できるが、いかんせん無理があるように思えるだろう。なんてったって出現がいきなりすぎる。偽の草薙がいるのなら、もう少しその人に関する情報が欲しいと考えるのがメタな読者脳である。というわけで、この短編、スピット・ファイアこそそれなのだと考えられはしないだろうか。この話は、彼女が草薙という名前で基地の司令に置かれていた間、すなわちクレィドゥとクロラの中間に位置する話であり、実像が曖昧な偽草薙がいかなる人物かであったかが推察できる唯一のエピソードなのだと思う。ちなみにここに登場したバイクのキルドレは、おそらくスカイ・クロラには登場していない。おそらくだが、彼は死んでいる。それもきっと、地上で。なぜならスカイ・クロラの中で、死んだ前任者という情報が重要な意味を持っているからだ。もしかしたら、偽草薙は彼を殺したのかも……そして今度は殺されたいと願って、カンナミにそれを頼んだとか……妄想は膨らむばかりである。

アース・ボーン

これは割とダラダラとしたエピソードではあるが、やはりいくつかの重要な情報が明かされる。最たるものが、フーコが草薙からお金をもらって娼館をやめることができたという話だろう。これはクレィドゥにて主人公とフーコが交わした約束である。また、主人公たちが草薙を知っていて、トキノもいるが、基地の司令は草薙ではないというのも重要だ。本シリーズには基地がいくつか存在するが、どれがどの基地かというのは混乱しやすい。だが一つ言えるのは、どの基地も例の娼館からさほど離れていないということだろう。これが重要だ。この話に出てくるトキノは、その説明からスピット・ファイアに登場した彼であることは間違いないだろう。彼は草薙が草薙として基地の司令をやっていた頃からの生き残りなのである。だがその後彼は、偽草薙が司令を務める基地には配属されなかったらしい。なぜならスピット・ファイアにおいて、偽草薙はフーコたちと同じタイミングであの近辺に存在していたから。アース・ボーンは、時系列的には確実にスピット・ファイアの後であることがそこから証明される。つまり、この時トキノは別の基地にいたのだ。ゆえにスカイ・クロラの基地において、トキノは本当はいなかったのだと推察できる。彼の登場は、おそらく大柄な体格が印象に残りやすかったことと、「栗田の後任」をトキノと同室にしたという、基地司令をやっていた頃の記憶の混在が原因だろう。もしかしたら、このエピソードの後で基地を移動したのかもしれないが……ちなみにこのアース・ボーンの主人公が、その栗田の後任である確率も示しておく。トキノはともかく、彼まで草薙を知っていたことがそれで説明できるからだ。

ドール・グローリィ

いよいよ本題とも言うべき、最終章二篇である。この短編で明かされる事実は、超が六つくらいつくほどに重要だ。まず第一に、草薙が栗田を殺害した時の、正確な描写がここでなされることである。これにより栗田の死亡は疑いのないものとなり、また、クレィドゥでの主人公が草薙に殺される描写も虚偽であることがはっきりとわかる。さらにもう一つ。カンナミの正体が、ハッキリと草薙であることが明かされること。単純な事実としては、これが本シリーズの最後のピースである。カンナミという名前は、そもそもダウン・ツ・ヘヴンにて登場したあるキルドレの名前なのだが、草薙は、キャラにも似合わず乙女チックに衝動キッスしちゃうくらいには彼から刺激を受けている。おそらくは、純粋で背負う者がないパイロットであることへの憧れか、それとも単に「堕ちていけるような」瞳に惚れたのか。夢の中で、彼女はカンナミに、「僕はあなただ」的なことを言われていることを考えると、やはりカンナミのようになりたいという願いもあったのだろう。とにもかくにも、彼女はカンナミに何か特別な感情を抱いていたのである。そのことが、クレィドゥを経た後の変名に、カンナミという名前を選んだ理由だろう。ただ単に、カンナミがいい感じのタイミングで死んだだけの話かもしれないが……。なんにせよ、草薙はカンナミと名前を変えた。それがこの短編内で、ハッキリと明示される。「お姉さんのために編んだのよ」「気が変わったの」からの、「大人になって、嘘が上手くなった彼女であった」とくる畳み掛けるようなネタばらしは、たいそう美しかった。この「大人になって」の部分が示しているのは、言うまでもなくクロラでのミズキの、たどたどしい会話のことである。

スカイ・アッシュ

さて、物語の締めくくりとなる最終章だが、ここで明かされるのは事実というよりも、一つの考え方だろう。ここで示された考え方を考察に組み込むことで、スカイ・クロラは完全に理解することができるのだ。この話のなかで主人公が語ったこと……他人から聞いた話、妄想、記憶あらゆるものが泡立ってごちゃごちゃで、夢と現実が曖昧であったという話。これこそが、時系列的にあまりにしっちゃかめっちゃかな「スカイ・クロラ」の正体であり、人物統合的なややこしいことを考えなくてよくなる最後のピースであろう。この話の主人公が草薙水素であることはなんとなく想像がつくと思うが、一番わかりやすい根拠は、「暗闇で十字を切る女性」を知っていることだろう。フーコと旅をしたという事実も当然根拠だが、サガラ・アオイの死を目撃しているのは草薙しかいないのだから。そしてこの物語の主人公を草薙とすることで、その他全てのシリーズ……というよりもクレィドゥ・ザ・スカイとスカイ・クロラが完璧な形で理解できるのである。物語のネタばらしとして、これ以上にない最高のエピソードだろう。

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