フラッタ・リンツ・ライフにおけるクリタの考察
クリタという人物についての考察
本書はパイロットのクリタ視点で描かれている。前作にも少しだけ出てきたクリタだが、クサナギやカンナミに比べると、地味な存在である。本書にも、「基地の飛行機乗りの中では一番普通」と評されている場面がある。エースパイロットと称されることは無いが、クサナギとの付き合いは一番長く、信頼を置かれており、そこから、かなり腕の立つパイロットであることが推測される。感情の起伏があまりなく、他のパイロットと比べると順応性もある。負傷して飛行機に乗れず療養生活を送っている時も、「こんな場所で、空も見えないような場所で、人間は生きていけるものなのだ、と気付いて。」と、自分の境遇を受け入れている。そんな、平凡で穏やかな性格のクリタが、譲れない大切なものとして心を乱すのがクサナギの存在だ。触れなくても、一緒に飛べるだけで、愛を感じることが出来る。その思いは、クサナギがティーチャを慕う気持ちに共通している。普段、淡々と生きているクリタだからこそ、クサナギへの思いが描かれる時は、読み手を切なくさせる力を持っている。
本書におけるクリタの役割についての考察
本書をクリタ視点のクサナギに対するラブストーリーと解釈する読者も多いようだが、スカイ・クロラシリーズ全体から見ると、本書が彼視点で描かれていることにはもっと大きな役割があるように思える。それは、前作「ダウン・ツ・ヘブン」から本書までの、描かれなかった期間におけるクサナギの変化を伝える役割だと考察出来る。前作から本作までの間、どれだけの期間が流れたのか具体的には記されていないが、クサナギは中尉から大尉に昇格し、基地の指揮官となっている。また、ミニスカートを履き、短かった髪を伸ばしているという変化も伺える。見た目や階位だけでなく、内面にも変化が見られる。その変化を客観的に読み手に伝える役割を、クリタが担っている。クサナギがどう変化し、最終的に「スカイ・クロラ」にどう繋がっていくのか。スカイ・クロラシリーズを一つのクサナギ物語だと読み解くと、本書におけるクリタは、ストーリーテラーとして重要な役割を果たしたと言える。
クリタとフーコの関係性についての考察
フーコはクリタを慕っているが、二人の間の距離感は、本書の中で少しずつ違っている。当初、クリタがフーコのもとへ通っている間は、フーコは「ジンロウ」と下の名前で呼んでいる。だが、その後、二人が館の外で会うようになってからは「クリタさん」と呼ぶようになっている。この距離感の変化はどこから来るのか。思うに、女を売る仕事のフーコが商売相手としてクリタを見ていた時は「ジンロウ」と呼んでいたのだろう。そこから少しずつ心の距離が近くなり、自分の内側を語るようになった時、フーコは媚びるのをやめてジンロウのことを皆と同じように「クリタさん」と呼ぶようになったのではないか。シリーズ全巻に渡って登場するフーコも、少しずつだが成長し、心の内側を登場人物や我々に見せ始めていることが推測出来る。そういった登場人物の些細な変化まで細やかに描かれているのが、森作品が「完璧な小説」と称される由縁だろう。
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