山田風太郎の才能 爆発 - 柳生忍法帖の感想

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柳生忍法帖

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演出
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山田風太郎の才能 爆発

4.04.0
文章力
4.0
ストーリー
4.0
キャラクター
3.5
設定
4.5
演出
4.0

目次

陰惨華麗な女たちの復讐劇 

伝奇作家・山田風太郎。忍法というアクション性、要素要素にちりばめられた蠱惑的でエロティックなファクター、どのような悪役でも縛り付ける各作品ならではの“ルール”を混ぜ込み(これを筆者は勝手に「山風メソッド」と呼んでいる)、世代性別問わず人の心を引き付ける作品を作りあげる、希代のエンターテイメント作家だ。

『柳生忍法帖』は、『魔界転生』『柳生十兵衛死す』と並び、 山田風太郎“十兵衛三部作”と称されるうちの一作である。

現代では多様なメディアミックス展開を見せている『魔界転生』や『甲賀忍法帖』などが山田風太郎の代表作と捉えられがちだが、筆者個人的にはこの二作より『柳生忍法帖』が頭一つ突き抜けて面白い、と思っている。それは何故か、次項で解説していこう。

物語を完成させるプロット(構成)の巧み

まず第一に、チートともいえる強さを誇る柳生十兵衛が、他の作品とは違い堀の女たちのサポートに回っている、という点だ。たとえば『魔界転生』では、蘇った高名なる剣豪・武道の達人を相手に、十兵衛がどう立ち向かうか、という展開になっているが、「とはいっても主人公だから十兵衛は死なないだろう」という安心感がある。

ところが、『柳生忍法帖』で戦っているのはついこの頃武術を覚えたばかりのかよわい女性たちである。いつ、誰が死んでもおかしくはないのだ(事実、彼女たちの師匠である十兵衛も「全員無事では帰ってこられないだろう」という予測を立てている)。

このように、『柳生忍法帖』はデスゲームの様相を呈しており、読者たちは先を求めて次々ページをめくっていく。文庫本でも上下巻に亘る長編なのだが、全く飽きずに最後まで読破することが出来る。いくら小説が好きだという人も、何百ページにも亘る本を次々と読むのは辛いだろうが、『柳生忍法帖』は全くそんなことはない。見眼麗しい女性たちに振り回される柳生十兵衛、というコミカルな要素が多いのも見どころの一つだろう。

第二に、「勧善懲悪の爽快感」だ。俯瞰して山田風太郎の物語を分析すると、人気作『甲賀忍法帖』は忍者同志の“内輪”の争いであるし、『伊賀忍法帖』も個人的な復讐である。

しかし、『柳生忍法帖』は悪逆の限りを尽くした会津藩主・加藤明成とその手下・会津七本槍を倒すという、“悪人を討つ”といった目的のもとに話が進んでいく。堀の一族を虐殺していった会津七本槍がひ弱な女性たちに倒されていく様は、凄まじいほどの爽快感がある。この辺りは映画『キル・ビル』に例えると良いだろうか。悪人一人一人に対し、堀の女たちがどのように倒していくか。途中危険な目に遭いながらも、なんとかして本懐を遂げる様はたいへんに見応えがあり、読者を引き付けるだろう。この“エンターテイメントの定石を踏まえる”のも、山田風太郎の手法の一つである。

このように、『柳生忍法帖』は山田風太郎作品のなかでは異端とも思える、“正統派”を多く練りこんだ作品なのである。それらが前項でも取り上げた“山風メソッド”と絡み合い、テンポの良さとカタルシスとで読者を魅力しているのだろう。

山田風太郎を支える“第三の要素”

また、『柳生忍法帖』の面白さを押し上げたのは、山田風太郎独自のストーリールール“山風メソッド”と『柳生忍法帖』の“正統派構成”に加えて、“史実への綾糸”という第三層が存在する。

作家・山田風太郎の骨頂は、自らが相続したフィクションを史実に綾なし、ドラマチックな物語を構成することにある。

本作でいえば千姫の存在や会津騒動が実際にこの日本で起こった“史実”であるが、そこに堀主水を始めとする“肉親の男たちを殺された女たちの復讐劇”という実に鮮やかな糸を編みこみ、一本の時代活劇として物語を完成させた。

山田風太郎の作品はいずれもこの第三層が物語のキーとして練りこまれているが、例えば『甲賀忍法帖』の「徳川の跡目争い」や「春日局」の存在、『伊賀忍法帖』の「松永弾正久秀」と「平蜘蛛」とは異なり、「千姫」と「会津騒動」といった全くの遠い二つを結びつけたという点において、山田風太郎の想像力にはまったく舌を巻く。まるで、史実が山田風太郎の手の中で躍っているかのようなのだ。

このような山田風太郎のたぐいまれなるストーリー設定・構成力は、文学史、映画史、もしくはエンターテイメント史においても、誰も及びつかない天才の領域にある。また、山田風太郎は広範な知識におぼれることなく、読みやすくテンポの良い文章で軽快に物語を書き綴り、あくまでもエンターテイメント性を重視しているところにも好感を覚える。

このように『柳生忍法帖』は、山田風太郎の入門編として最適な一冊、といえよう。それは作品としての面白さを通して、「これが山田風太郎という作家だ!」という事実を、読者が痛感出来ることに他ならない。

とある作家が『伊賀忍法帖』の帯に、“「小説にルールなんざねェ!」と墓の下から怒鳴られた”と寄稿したが、これは山風作品全てに通ずる故・山田風太郎からの痛烈なメッセージだ。

商業主義の退屈なエンターテイメントを駆逐する力強い作品。それが山田風太郎の作品であり、『柳生忍法帖』なのである。

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