趣向を凝らしたミュージカル、ヒロインが魅力的
毎回新たなチャレンジをする周防監督
周防正行監督はけして多作ではないのですけれど、それだけに、ある種経済のためにひとつの場所に安住して得意な似たようなものをいくつも作って行くという考えはなく、毎回新たな意義のあるものにチャレンジしていくんだという姿勢を感じさせてくれる監督だと感じています。
ですので、監督の手がける作品は表現もジャンルも幅広く、どれもが自分の好みな訳ではないのですけれど、「今、周防監督が何に興味を持って取り組んでいるか」にはいつも興味がありますし、「何はともあれお金と時間を割いて見るだけの価値がある作品を見せてくれる」という、個人的な信頼感のようなものを抱いています。
私の勝手なイメージではあるのですが、周防監督のありようを故・伊丹十三監督に重ねて見ているようなところがあります。分かりやすいところでは、伊丹監督にとっての宮本信子のように、毎作妻である草刈民代を必ず起用し、また彼女が活きるような映画の方向性にもなっていますが、何より、鋭い社会性をエンターテインメントのかたちにのせて上手にプレゼンスする、知的でユーモアのある作品のスタイルに共通性を感じています。
もちろん、伊丹監督の方がずっと生々しく迫力のある人間の生き様に迫る感覚があり、周防監督はもっとさらりと可愛らしい、毒が抜けた感じではあります。けれど、根本的な考え方として似通ったものを感じるのです。
今作は「マイフェアレディ」にオマージュを捧げたミュージカル仕立て。もっとも、構想自体は「ファンシィダンス」の頃から持っていたということで、20年越しの企画であり、ある種の映画監督という人たちは、映画という大きなプロジェクトを結実させるために、実にしぶとくひとつの考えを温め続けられる、ねちっこい人種なのだなあと感心させられます。
もっとも、監督にとっては近年「ダンシング・チャップリン」はともかく、「それでもボクはやってない」や「終の信託」のような、重たいテーマの作品を手がけて来た反動で、とにかく楽しいものを作りたい!という気分がむくむくとこみ上げてきたとて、不思議ではないと思います。
上白石萌音の存在あってこそ
とはいえ、この作品は全てがヒロインの上白石萌音との出会いがあってこそ。脚本もヒロイン決定後、あて書きという順序で書かれています。
それだけのことはあって、上白石萌音演じる春子は、この作品においてはこれ以上マッチする人はなかなかいないのではないかというくらいのはまりようだったと思います。脇を固める役者たちは周防組の常連か富司純子のような大ベテランだったりで、(長谷川博己と田畑智子はちょっとそこまでとは思いませんが)皆安定感抜群でこなれてどーんといるすごい人たちなのにも関わらず、食われてる感がないというか・・・、芸能人らしからぬ、いや、今どきの都会の若い子らしからぬ、なんとも言えないもっさり感と純朴さのまっすぐなパワーがそれはそれで無敵なほど素晴らしいので、すごい大人たちにしっかり拮抗しているという感じを受けました。
歌声もはっとするようなきれいさです。けれど本人の演技もその歌も「どや顔」感が全くないのです。ショービジネスに属する若い女性の多くが発している「自分の天性の可愛さと魅力を自覚し、誇らしく思っている怖いものなし感」も、それはそれできらきらと眩しく、刹那的で魅力的なものだとは思いますが、この作品においてそういう要素がちらりとでも感じられたら、それはある意味ぶちこわしなので。春子の存在や歌には、おいしいお水のようにするするーっと入って来るようなスムースさ、何の無理もひっかかりもない気持ちの良さがあり、それがこの作品を成り立たせていると思いました。
ミュージカル部分には残念な部分も
この映画には嫌らしい人はひとりも出て来ません。誇りを持って厳しくしつける人はいても、春子を無意味にいびるような人もいません。田舎者の春子の本気をみんなが認め、優しく守り育てるあったかい感じにはとても心が温まり、見ていて単純にとてもハッピーな気持ちになる映画だと思います。
惜しむらくは、音楽、そしてミュージカルのシークエンスの出入りのバランスが良くなかったことだと思います。
フレッド・アステアが大好きで、ミュージカルはいくつも見ていますが、通常のセリフのシーンと、歌と踊りのシーンの境目にこれほど違和感を感じる映画はあまりなかったように思います。ミュージカルは、まずベースとなるお話があり、ある流れや感情の高まりがあって音楽につながるということなのだと思いますが、この作品ではその「感情の流れ」が上手く繋がらないままに強引に歌へ行ってしまい、ついていけずに戸惑うシーンがいくつもあったように思います。音楽、ダンスの担当と、通常の劇映画部分の担当がすごくきっぱり分かれているという感じを受けました。
また、テーマ曲となっている「舞妓はレディー〜♪」の楽曲は素敵でしたが、劇中の他の音楽には魅力に欠けるものもいくつかあったように思います。あるいは曲が長過ぎたり、ある楽曲から次の楽曲へのタイミングが早すぎるように感じる部分もありました。ひとつひとつのシークエンスの完成度をしっかり高めようという気概は感じ、実際すごいな、と思い楽しんだのですが、お話全体としては何度か気持ちが分断され、気が削がれてしまったのが残念でした。
それでも、ミュージカル映画のプロであるわけでもない周防監督がチャレンジして、こんなにハッピーで大らかな気持ちになれる作品に仕上げたということは十分すごいと思います。次回作も楽しみに待ちたいと思います。
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