肌寒い梅雨のような、 - ハードボイルド/ハードラックの感想

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ハードボイルド/ハードラック

4.254.25
文章力
4.50
ストーリー
4.00
キャラクター
4.00
設定
4.50
演出
4.50
感想数
2
読んだ人
2

肌寒い梅雨のような、

4.54.5
文章力
4.5
ストーリー
4.0
キャラクター
4.0
設定
4.5
演出
4.5

目次

ハードボイルド

ハードボイルドは過去の傷を癒す話で、物語の内容とタイトルに一般的イメージの違いがあるのに、なぜかしっくりきてしまうというのが読み終えた後の感想です。感情に流されまいと離別を選択して、その瞬間はきっとハードボイルドなんだろうと思うのですが、傷を癒すための旅行中の主人公の気持ちは静かにとろけ出す半熟の黄身のようで、なり損ねた堅ゆで卵のような、中身を見てみたらなんだこんなにやわらかな人物だったんだとやさしい気持ちになる作品でした。それとも、回想していくうちに気持ちが逆戻りを始めて、堅茹でから徐々に半熟、生卵へと戻ったのかもしれない。反対に、過去の自分の非情さを今時を経て客観的に評価したことで、堅さがほぐれたのかもしれない。どちらにせよ、相手の気持ちに柔軟になる変化を感じ取れる構成になっています。

非日常から日常を眺める

今まで生きてきてうまく流せなかった過去を消化するためにひとり旅行をしているんだと思います。特別な目的があって旅行に行っているわけではない。私はあまり旅行に行かないので、よっぽどの理由を作らなければ家を空けることはありません。それはもう仰々しい言い訳がないと行動に移せないほど旅行は日常生活の中ではハードルの高い非日常なんだと思います。しかし、主人公はふらっと目的なく行動に移せる旅に慣れた人なのかもしれない。日常生活は生々しい。見たくないものだらけで、しかもそれらを避けて通ることはなかなか難しい。渦中に留まれば、それらの問題を客観視することもできなくて、視野が狭くなって考え方も偏りを見せる。主人公は感情に流されるタイプではありませんが、少なくとも衝撃と突発的に強くなる感情を持っています。育ての母である人に父親の遺産を全て奪われて逃げられれば人並みにショックは受けます。そのあとの行動が主人公らしいのですが、半分はその育ての母に渡すところから冷徹さや感情のないようには見受けられないのです。ここではまだ完全なるハードボイルドにはなっていない。しかし、その出来事を終えて、人間に対する諦めのようなものを主人公からは感じました。その宙ぶらりんのまま傷ついた自分を甘やかしてくれる存在に寄りかかり、大事なところをぼかして結果さらなる枷を付けることになり、振り返って見てみれば真っ直ぐ生きてきすぎたなあと自分の淡白さに味気なさを感じるでしょう。知らないうちに気持ちはずるずると重たかったと思います。気にしなければ大して存在も大きくない感情だからやり過ごせそうですが、やはり特異体質ということもあって、命日にはその感情をコントロールすることが困難になり、抜けない棘のように小さく痛み始めるんですね。

幽霊の役割

他人の不幸自慢ほど消化不良になるものはないと思っています。バスローブの女性は自業自得ですし、それを主人公に話して何になるんでしょう。誰かに助けてもらいたい、わかってもらいたいという気持ちがあったのでしょうか。地縛霊のように残り続ける理由はなんなんだろう。生き残った男性が花を贈り続けるから?自分の間違いを正す機会がほしいのだろうか。自分を顧みるために主人公と話を共有したのだろうか。後悔してるのね、と語りかけているのでしょうか。この幽霊も主人公を揉む存在として重要なんでしょう、結果的に主人公の心は柔くなり、おばちゃんの部屋で一緒に眠るのです。人間との関わりを深く考えない生き方もあると思います。しかし、最初は不機嫌オーラ全開のフロントのおばちゃんも主人公に対して思いやりの気持ちを抱き、やさしさを与えます。しとしとと眠りを誘うやさしい雨が降り始めて、最後は葉から溢れる露を眺めるような、そんな静かな気持ちにさせてくれる作品でした。


ハードラック

植物人間よりも絶望的な状態。
働きすぎによる脳出血の終わりを見守る人々の話です。強い悲しみはもう去った後で、今は不気味に静かな時間が流れる、そんな期間を主人公は想い人と一緒に過ごします。生活習慣病の末に脳出血なる三大疾病は引き起こされると何かの記事で読みました。しかし、主人公の姉は真面目さが原因の、つまり性格習慣が引き起こした結果なんですよね。寿退社のためにマニュアルを作成して、その真面目さが死へと繋がるなんて神も仏もないな、と私は思いました。どうしてでしょう。真面目で努力家で周囲からの信頼も厚い人物がなぜ若くして最期を迎えなければならないのか。小説といえど、全国、全世界的に稀ではないこの症状を受け入れるのに、自分自身耐えられるだろうか。主人公は泣きます。境くんと歩きながらポロポロと自然に涙が出る。そんな主人公を愛おしいと思います。夢も希望もなく、人工呼吸器によって生かされる実姉をただただ見て眺めるだけの毎日なんて、自分の無力さが嫌という程わかる環境にいるなんて。言葉では表せないやわらかくて危うい、一息かけると消えてしまいそうなほど弱々しい彼女を包み込んであげたいとそう願いました。私はまだ身内での死を体験していません。むしろこの先私がどっしりとした大人になるまで遭遇したくない出来事です。ただ死を待つだけの期間を、相手の声も言葉もないまま過ごすなんて考えたくもありません。
主人公のお父さんの淡々とした台詞もこの作品の中で良い存在感を発揮していると思います。悲しみが混じらない、いや、悲しみのみでできた台詞をすとんと相手に落とす言葉の力を知っている人なんだなあと思いました。
ハードラックは短いです。もう彼女たちの平穏が近くまで来ている、そんな狭間でまだ現実の悲しみに片足だけ浸している、そんな感じがします。抜け出そうと思えば抜け出せるのですが、彼女たちはきっちり悲しみ抜いてから前に進むのだなあと、その一歩の重さをきちんと理解している方たちなんだなあと思いました。早く楽になってこの悲しみから解放されたい!と思うことはあるでしょう。しかし、姉の人生の大切さを一から振り返り、手を合わせるまで逃げないでいる彼女たちだからこそ、こんなにも穏やかで静かな悲しみがやさしく感じられるんだなあと思いました。

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