人気シリーズのノリで手に取るも、読後は考えさせられた一作
ある意味、予想を裏切られた作品
「禁断の魔術」は、三百ページに満たないやや短めの長編だ。発売当時、人気のガリレオシリーズの最新刊ということもあり、気楽な気持ちで私は読み始めた。だが、ドラマのイメージのように、難解な謎を主人公である科学者が鮮やかに解いてみせ、一件落着、気分スッキリーーという期待はある意味裏切られてしまった。予想以上に人物描写が複雑だったのだ。出てくるキャラクターは、このページ数で描ききれるのだろうか、と読者ながらに思えるほど年代も主義もバラバラで、しかも説得力ある動機を抱えている。
さらに、それを見つめる主人公、湯川のスタンスは、極めて個人的思考によるものであり、一般的な善悪とは一線を画しているのだ。実際にこんな人物が身近にいたら、賛否両論を巻き起こすことは必至だろう。だが、その考え方にも一貫性があり、湯川博士という人物なら、さもありなんと感じさせる。
犯罪と正義のグレーゾーン
他人を傷つけてはいけないーー当たり前のことだ。
だが、突き詰めていくと、当たり前のことが見えなくなることがある。この小説を読みながら、私は何度か正義のあり方を自問した。
一体、誰が悪いのか。誰もが少しずつ悪いようにも思えるし、現代社会の構造に問題があるようにも思えてくる。
たった一人の姉を亡くし、夢を奪われた古芝伸吾は、犯罪者への道を辿り始める。だが、明らかに彼は被害者でもあるのだ。私は物語を読み進めるうちに、一体どの登場人物に感情移入したらいいのか、時々わからなくなった。そのあたりが本作やこの時期における、作者の一つのテーマでもあったのでは、と感じた。
人による裁きは進化しているのだろうか。
日本での裁判員制度がはじまって、だいぶ経つ。私はまだ裁判員を経験したことはないが、この小説のように、それぞれの胸の内がわかってしまったら、一般人である私など、判断は非常に難しくなるだろうと思う。たとえ心理学者であったとしても容易ではないのではないだろうか。
大体、本作品においては、ほとんどの人物が直接的には、殺人に手を出していないのだ。主人公も含め、多くがグレーゾーン上に点在している。
人間は、原因を知りたい、理解したい、という本能が備わっている生き物だと私は思っている。それが単なる好奇心なのか、危険回避のための防衛能力なのかは知らないが、「なぜ、どうして」という思いに、この小説は丁寧に回答を与えてくれている。それでいながら、どうにもならない問題をも同時に提起している作品だと感じた。
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