友情は魅力的でありつつ厄介であり鬱陶しい - 大人の友情の感想

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大人の友情

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友情は魅力的でありつつ厄介であり鬱陶しい

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目次

友達を欲しがらないおかしな人間


ぶっちゃけ今の自分には友達がいない。少し前までは、いないことが恥ずかしかったし、人間としておかしいのではないかと、悩んだこともあったが、そのわりには、忙しく日々を過ごして、空いた時間もだらだら潰したりして、友達を作ろうと、重いその腰を上げようとはしなかった。結局、そこまで友達が欲しいとは思わなかったのだろう。負け惜しみだろうと、やっぱ頭がおかしいんじゃないかと思われても、しかたないとはいえ、それでも、必要性を感じない。今までのこと、とくに学生時代なんか思い返すと、一人ぼっちでいるといたたまらない、友達ができない、まともでない人間だと思われるのがいや、との思いが、多少無理にでも人とのつながりをもたせていたのであって、心から、この人が好き、ずっと一緒にいたいと思えたことがない気がする。理由としては、読書をはじめ、一人で楽しめる趣味があったのもあるし、本書に書かれているように、人とのつきあいが鬱陶しいと思うような記憶のほうが、強く残っているせいがあるのかもしれない。

人は悪口を言いたがり友人相手だとつい油断する

友人といると、気を許してもいいと思える。かといって、心がつながっているのだから、しゃちほこばった言動や態度など一切無用かというと、そうでもない。改めてそう考えさせる話が、この本には書かれている。友人だからといって、言ってはいけないことがあるし、踏みこんではいけない領域があること。その例としてマージャンでのつきあいをあげている。マージャンをしている間は、卑怯、せこい、などと悪口を言い合っても気にならない。「お前と俺の関係は、こんなことくらいでは壊れないぞ」と確認しあっていることがあり、むしろ楽しいという。が、そんな中で「汚い手をやるなぁ、お前は仕事でもきたないからなぁ」と一言口にしたことで、絶交になってしまう。
それくらいで、と思うし、気心知れた友人となら、それしきのことを言いあっていそうに思える。自分も思いかえせば「●●さんて、おもしろくないよね。なんかいつも無理してる」などと言われたことがある。ただ、どうしても、自分のほうは、そういうふうに平然と、冗談っぽくても、相手について口だしすることができなかった。たとえば、学生のころ、煙草を吸っている友人がいて、そのことを他の友人に話したとき「なんで煙草をやめるよう言わないの」と言われた。返す言葉がなく、黙っていたら、友達なのに止めないのはおかしい、というようなことを、しつこく言われたものだった。言っていることは正しいと思ったが、それでも喫煙する友人を注意できなかった。我ながら優しくないし、親身になってあげられない、薄情な人間だと思った。そんな自分の人間性の問題もあったのだろうが、今思いかえすに、それだけではなかったと思う。作者が言うように、人間というのは他人の悪口を言ったり、攻撃したりするのが好きなのだろう。と、するなら、未成年で喫煙なんて、格好の餌食になる。法的に相手に弁解の余地はないし、「体が心配だ」と言えばまさに無敵で、相手を叩き放題だ。
そんなふうに立場の弱い相手を、しつこく責めている人を見ていると、怒りや不満がおさまらないというより、一分でも長く人を責められる立場でいたいとの欲と執着があるように思えることがある。なので、人が人を責めたり非難したりするのは、必ずしも相手に悪いところがあるからでは、ないのではないかと、この頃考えてしまう。本音では誰かの悪口を吐きたくてたまらず、うずうずしているのではないかと。
なんてことを、自覚しだしたのは最近で、きっと当時はそこまで考えていなかった。といって、そのうずうずするままに任せて、未成年で喫煙する友人を、責めたてなかったのは、自分の気持ちに嘘をつけきれなかったからだと思う。「煙草なんてだめだよ」と別にそんなにだめとも思っていないのに、もっともらしく諭そうとしたり「体に悪いし、心配なんだ」と言うほど体を気づかう思いがないくせに、さも親のように悲しそうな顔をしたり、できなかったのだ。心から、やめたほうがいいと、思えない自分にも、中々問題があるとは思うものの、心になく、友人を心から思いやっているふりをするのも、結構なものだ。もし、ふりをするのが、うずうずに身を任せてのことだったなら、忠告する目的が、かこつけて悪く言ってやりたいということになって、友人に煙草をやめさせたいとの主旨から、かけはなれたものになってしまう。そんな苦言を、友人が快く耳を傾けるわけがない。
他の人には言えなくても、友人になら言える。友人だからこそ心配して、悪いところでも指摘するといった面もあるのだろうが、友人への思いやりが口実になるから、人を悪く言いたい誘惑にかられやすくもあるのではないか。だから、関係を壊れないよう持続させるには、なんとなく一緒にいるわけにいかず、そんな誘惑に負けないよう、思いのほか努力しないといけないのかもしれない。ただ一方で、自分は心底友人を思いやっているのだと思いこんで、これは口だしして、いけないことではないか、ここまで言うと言いすぎだろうかと、悩むことのない人は、おそらく人といて緊張しないし、疲れない。友人と屈託なく楽しむには、そのほうがよくて、自分のように、本当にそう思っているのか?心にもないことを言っていいのか?と自問せずにいられず、口だししてもしなくても不正解のように思い、後悔するなんてことを繰り返したら、結局つきあうのが面倒になってしまった、ということになる。まあ、自分の場合は神経質なほうで、加減ができなかったのかもしれないが、努力しても損するだけのように、思えなくもない。


足りないのはその人を思って悪者になる勇気

といって、自分は誰の悪口も言わない聖人というわけではない。本人や、本人の耳に入る近さでは言わないというだけで、代わりに一生会うことも話すこともないような、テレビの向こうの人らには、我ながら引くほど罵詈雑言を浴びせている。悪口を言うのが気持ちいい感覚も自覚しているし、楽しいとも思うものの、それでも、やはり本人を目の前にしては言えない。嫌な顔をされたり、怒ったり、恨まれたりするのが嫌だからだ。たとえ、煙草をやめたほうがいい、との言い分が正論であっても、相手は気を悪くするだろう。それでも健康でいて欲しいから、五月蝿そうにされてもかまわずに言う、その勇気が中々もてない。だから、注意しないのを優しさからだとは、言いきれずに、自分って情けないなあと、さんざん思わされたものだが、ただ、友人が自分に注意されたくて、見よがしに煙草を吸っているのかなと、ちらりと考えることがあった。嫌がっても、無理にでも煙草をとりあげてくれる、そんな友情を示してくれるのを望んでいるのではないかと。もし、そうだったとしたら、望みどおりふるまうのも癪だなと、すこしは反発していたのかもしれない。


理想の刎頸の交わりの欺瞞

こういう、もったいぶった態度をとられるのは苦手だ。この本に書かれているように、深い友情は宗教的感情に近づいていく、友人のためとあらば、自分の命を棄てても、という気持ちさえ生じてくる、刎頸の交わり、という中国の故事があり、友人のためなら首をはねられてもかまわないと、そこまでいく友情を自分は望んでいないし、正直、望まれても困る。命を棄てても、というのなら、人質にとられた友人を前にして、逃げるのは裏切りに当たるのだろう。ただ、もし自分が目の前で逃げられたら、ショックを受けるには受けるが、もし助けるために友人に怪我されるか死なれるほうが申し訳なくて、やっていられない。人によって、とらえかたは違うだろうものを、助けてくれたことを、それだけ自分を思ってくれているのだと感じて、手放しで喜ぶことなんかできない。罪悪感を抱くのが嫌だというのもあるし、もし友人が人質にとられて、その前に自分が立つという逆の立場になったとき、果たして迷いなく命を棄てられるかと問われれば、悩むところで、自分が率先してできないことを相手に求められないというのもある。まあ、でも、結構自分を犠牲にするだろうとは思う。そこで、一目散に逃げて、人質の友人に幻滅されたり恨まれたりするのが嫌だからで、身も蓋もなく自分の命を守ろうとするような、ある意味勇気もないのだった。
こんな自分からしたら「我々は刎頚の交わりの仲だ」と胸を張って言える人がいるのが、信じられない。中には実際にいるかもしれないものの、作者がいうように、そう言って、実利によって結びついているのを隠そうとしている人が、多いのではないかと思う。あるいは、そうやって助けられるだけ自分は価値がある人間だと、思いたいのかもしれない。
そりゃあ、唯一無二の友人、なにがあっても大事にしたい友人と、相手に思われたい。そのくせ、自分のほうは友人のために命を捧げるほどの思いはない、という人が、経験からして多かったように思う。自分が人質になったら、命をかけて助けて欲しいが、友人が人質になったら迷わず逃げるし、それのなにが悪いという感じだ。自分としては、別に迷わず逃げてもらってもかまわないと思うが、「私たちは刎頚の交わりだ」と言いつつ、相手だけに首をはねさせて満足しようとする人とは、お近づきにはなりたくない。ずるいとか、むかつくというよりは、そんな無茶な要求でもその人の気を悪くさせないよう、自分が応えてしまいそうだから、嫌なのだ。
もし人質にとられても、自分も逃げるし、友人も逃げる。それでいて互いに、多少傷ついても、相手が生き延びたことを喜べる。これが自分の考える理想の友情だが、この本に書かれているように、そこに到達することは一生かなわなず、刎頚の交わり、よりさらに難しそうだった。

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