ブラック珊瑚と雪と - 雪と珊瑚との感想

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雪と珊瑚と

4.504.50
文章力
4.50
ストーリー
4.50
キャラクター
4.25
設定
4.25
演出
4.75
感想数
2
読んだ人
2

ブラック珊瑚と雪と

4.54.5
文章力
4.0
ストーリー
4.5
キャラクター
4.0
設定
4.0
演出
4.5

目次

子供時代苦しんだのに、幸せな家庭を望まない珊瑚

恵まれない家庭で育ち、親や親戚に頼れない立場ながら、シングルマザーとして頑張る若い女性が、子供や周りに導かれて夢を持つようになり、念願叶ってカフェを開き、営んでいく。カフェを開くまでの経緯を読んでいるとわくわくするし、苦境に負けたり、いじけたりしないで、子育てと仕事に奮闘する珊瑚には、感心するし、勇気がもらえるようである。ただ、どうしても、美智恵の手紙のことがひっかかる。それまで読んできた珊瑚に、手紙に書いてあるような腹黒い印象は、抱きにくい。むしろ同情を引くことを、あれほど嫌がっていたくらいだ。かといって、誤解している、ひねくれた見方をしているとも、思いきれない。とくにそう思うのは、一人で子供を生んで育てることになったのは、自分でまいた種ではないか、と指摘しているところだ。
好きでそうなったわけではないと、珊瑚は反論したいところだろうが、果たしてそうだろうか。もし自分が同じような立場だったら、父親がいなく、母親もろくに面倒を見てくれないような家庭に育ったなら、自分の子供には同じ思いをしてほしくないと思って、つきあう相手は慎重に選ぶし、つきあっても、最低限の経済力があるか、アル中やギャンブル依存などの問題を抱えていないか、家庭や子供を大事にしてくれそうか、きっと念には念を重ねてチェックをする。もちろん、そのチェックが終わるまでに、うっかり子供ができるようなことは、しないし、それこそ自分の母親と同じ轍を踏む可能性があるわけだから、なにより気をつけると思う。
でも、珊瑚はべつに、避妊に注意していたようではない。泰司が求めてきたのだとしたら、断らなかったわけだし、事故だったにしろ、子供ができて「しまった」どころか「よし」と思っているし、その後も、泰司に父親になることを、求めてもいない。順序がちがったとはいえ、せめて両親のいる家庭に子供を迎えてあげたいと、そのための働きかけもしていないのだ。作品を読む限り、珊瑚は子供に同じ目にあわせたくないとの思いが強そうのに、同じ境遇にさせることに躊躇いがないのは矛盾しているように思える。美智恵が手紙で「一生懸命まじめに生きている、というポーズをしている」と書いたのは、子供を大切に育てているように見せてはいるが、本当に大切なら、迎えいれる準備や環境を整えてから生めよ、とつっこみたかったから、なのかもしれない。


じゃあ、なんで生んだのと聞かれたら、なんて答えるのか


珊瑚の場合とは違うものを、子供を虐待して、育児放棄して死なせたというニュースを見ると「じゃあ、なんで生んだの」とやはり、つっこみたくなる。というのも、どう考えても経済的に無理そうだとか、親が「遊びたかった」と言うからで、だったら今は諦めて、目途がたってからにすればいいと、遊びたければ遊べばいいと思う。のに、どうして「子供が欲しい」と思うのか。命が大切だから、本能だから、なんて曖昧な理由ではない。おそらく明確な目的があるのだ。たとえば、分かりやすいのでは、つきあっている相手を、物にしたいから、というもの。結婚が目的というより、自分だけを見て欲しい、大事にして欲しいとの、独占欲に駆られてのことではないかと思う。あいにく、男性のほうはまんまとひっかかる人は少ないだろうし、思惑通りいったとして、生まれてきた子供のほうが注目され、自分はかまってもらえなかったりして、どちらにしろ、うまくいかないような気がする。で、うまくいかないのを、子供のせいにして八つ当たりをするのかもしれない。
ただ泰司に執着しなかった珊瑚の目的は、また違いそうだ。それに、逆に望んで片親になったように思える。理由として考えられるのは、子供に愛される立場を独占したかったから。ただでさえ旦那がおらず、また両親もいない珊瑚は、子育てをするのに、遠慮なく頼れる人がいない。もちろん心細いし、経済的精神的に辛いものだが、赤ん坊にとっては自分だけが頼りなのだという思いは、プレッシャーであるとともに、自分はそんな、かけがえのない存在なのだと、どこかうっとりするようなところが、あるのではないかと思う。おそらく珊瑚は、赤ん坊に「あなたなしには生きていけない」と思われたかった。だから「あなたなしに、生きていけないわけではない」と思われるような、経済力があり子育てに協力的な旦那がいて、頼もしい両親という後ろ盾がある、安定した立場に、むしろなりたくなかった。と、考えたら、結婚も子供についてもまだまだ、念頭になさそうな、ちゃらんぽらんとした男相手に、避妊を徹底せず、父親になることを望まず、親には内緒でと言われても怒らず、別れてから子供を気にかける様子が見られなくても平気そうだったのが、納得できる気がする。そのほうが、珊瑚にとって都合がよかったわけだ。


子供については男よりはるかに、愛も欲も深い女たち


子供ができたら逃げそうな男を望んで選ぶなんて、結婚を迫るのに、既成事実を作るのと同じくらい、中々いかれているが、一応珊瑚は、自作自演的に、恵まれない境遇になることに満足するだけでなく、保険をかけている。珊瑚は泰司と再会して、改めて彼をこう評している。人から愛情を貰えることを当然のように受け止め、何の屈託もない、と。言い換えれば、当然のように愛情を与える親に、しかも屈託のないままいられたほど、裕福な家で育てられたのだろうと、捉えられるわけで、そういう盲目的な親なら、多少問題のある孫でも、これまた当たり前のように可愛がるものと、考えられたのではないかと思う。この世に二人しかいないとばかり、母子の結びつきを作りたくて、わざわざ選んだ駄目男は、でも、いざというときに、頼れないリスクもある。もし、そのリスクのことも考えて、良心的で経済的に余裕もありそうな両親が、背後にいることを見極め、選んだというなら、珊瑚はすごい。
こう、考えると、珊瑚がかなり打算的に恋愛をしていたように思える。美智恵の手紙に触発されて、いささか意地悪な見方をしている、ところもあるのだろうが、自分が片親で苦労したのに、片親になることを躊躇わなかった、またそうならないように、気をつけなかった矛盾というのが、どうしても、ひっかかるのだ。どうやら珊瑚は、その矛盾を自覚していないし、他のことでは、思慮深く慎重にふるまっているのに比べると、結婚や子供については、むちゃくちゃをしているように思える。自分の気持ちを見失っているというよりは、本当は思惑があったり計算しているが、「子供が欲しい」との思いが、理屈でない純粋な願いと思いこみたくて、汚い本音を見てみぬ見ぬふりをしている。だから子供ができたと分かったときの気持ちが、曖昧に書かれているのだと思う。
考えすぎだろうか。珊瑚がシングルマザーと知った一方は尊敬し、一方は嫌悪するといったように、人によってそれだけ見方は違ってくるし、本人も自分の気持ちを把握しきれていないところがあるから、本当のところは誰にも分からないのかもしれない。それでも、認識を改めて読みかえしてみて、はっとさせられるような、腑に落ちたような気がした。連日寝不足で、くららの家で寝こみ、泰司の母親に、援助の話を持ちだされたとき、珊瑚は断って、代わりに自分がなにかあったときは頼むと言う。なぜそこまで頑なに拒むのか、はじめは不思議に思ったもので、そのときも、やはりぴんとこなかったものを、それ以外の重要なことに気づかされた。父親である泰司を抜きにして、話し合われていることだ。しかも、二人とも、端から父親など存在していないかのような口ぶりで。二人の心境の正確なところは、分からない。ただ、一見嫁姑が心を通い合わせる、胸あたたまるようなシーンに、ぞっとしたのは確かだった。

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