山田氏の作品にしては、"絶佳"じゃないけれど(本作にぴったりの一曲を添えて) - 風味絶佳の感想

理解が深まる小説レビューサイト

小説レビュー数 3,368件

風味絶佳

2.502.50
文章力
4.00
ストーリー
2.00
キャラクター
3.50
設定
2.00
演出
2.00
感想数
1
読んだ人
1

山田氏の作品にしては、"絶佳"じゃないけれど(本作にぴったりの一曲を添えて)

2.52.5
文章力
4.0
ストーリー
2.0
キャラクター
3.5
設定
2.0
演出
2.0

目次

上手くできている、でもそれだけ

きっと山田詠美氏なら片手運転だってこともなげだろうけど、残念、上手くニュートラルにシフトダウンしてしまった、というのが、読後、私のファーストインプレッション。山田詠美と言えば、『ベットタイムアイズ』や『ソウル・ミュージック・ラバーズ・オンリー』など黒人との大人な恋愛を描いた小説や、またそれらとは対照的とも言える、『放課後の音符』、『ぼくは勉強ができない』など、子供やいじめなどをテーマにした作品を思い浮かべる人も多いと思う。その多くは初期の作品なのだけれど、それらに共通する特徴、我が物顔で突っ走る、疾走、ドライブ感と言ったものが、この『風味絶佳』では見受けられなかった。

森永ミルクキャラメルが並んだ装丁も素敵。キャラメルのパッケージをリマインドさせる帯も洒落ている。上手いなあ。上手く書いているなあ。非の打ちどころがなくて、やっぱりさすが、言葉を上手く操っているなあとは思うけれど、でも、それだけ。ここまでの作家になると、力まなくたって、これくらいの作品ならサクッと書けちゃえるのか。

『風味絶佳』という小説は、六編の短編からなっている。・間食・・・鳶職・夕餉・・・ごみ収集作業員・風味絶佳・・・ガスステイションのスタッフ海の庭…引っ越し屋アトリエ・・・汚水槽清掃員春眠・・・火葬技師(火夫)

あとがきで、山田詠美氏本人が言っているように、この本は、肉体の技術をなりわいとする人々(敬意を払って、決して肉体労働者ではない!)をテーマに書かれている。肉体から沁み出る風味は、絶佳だと伝えたいのだろうが、どれも上手くまとめてしまった感が否めなかった。小説とは、ままならない恋そのものだと言った筆者。肉体の技術をなりわいとする人たちとも、残念ながらままならないまま終わってしまった。本作は2005年に、町田康氏の『告白』とともに、谷崎潤一郎賞を受賞している。中央公論社主催の本賞、ジャンルを問わず、中堅作家を対象に、作家の代表作とも言える作品に与えられるのだが、『風味絶佳』を山田詠美氏の代表作には、とてもとても言い難い。どうして受賞にいたったのか、彼女のネームバリューが受賞を後押ししたと思えて仕方ない。

世の中の酸いも甘いも知り尽くした登場人物が魅力的

しかしそれでも、個人的に面白いと思えたのは、『風味絶佳』と『春眠』の2編だ。『風味絶佳』に出てくるグランマ、不二ちゃん。『春眠』に出てくる章造。どちらのキャラクターも言ってしまえば、"イっちゃっている"。

70歳を超えるというのに、助手席に若い恋人を携えて、シボレーのカマロを乗り回し、自分のことを"バーバ"と呼ばせず、"グランマ"と呼ばせるアメリカかぶれの不二子。長く男手ひとつでふたりの子供を育ててきたと思ったら、いきなり長男(大学生)の同級生と再婚すると言い出した章造。しかもその結婚相手は、長男が恋心を抱く人だった!

ふたりに共通するのは、やんちゃで、破天荒。だけども、世の中の酸いも甘いもよく知っている、人生を達観しているところ。生きてきた時間に厚みがあるからこそ、やりたい放題、孫や子供はついていけないと半ば諦めていても、みんなどこかで、ちゃんと愛情を持って彼らを尊敬している。肉体の技術をなりわいとしているかどうかは別として、彼らの発言、行動、考え方が、読んでいてとても魅力的だった。

表題作『風味絶佳』にいたっては、『シュガー&スパイス 風味絶佳』というタイトルで、映画化されてもいる。カンヌ国際映画祭で、当時史上最年少で男優賞を受賞した柳楽優弥が主人公山下くんを、相手役には沢尻エリカ、キーとなるグランマを夏木マリが演じている。夏木マリ、まさに小説の中の不二子ぴったりだ。2006年に公開されているのだが、残念ながら私はまだ観ていない。ストーリーに頼らない、純文学傾向の強い『風味絶佳』を、どうやってこの"風味"を残しながら映像にしているのか、観てみたいと思う。

不二子には、Mike Posnerの"I Took A Pill In Ibiza"を

とりわけ、私の気に入った登場人物、『風味絶佳』のグランマ、不二子。彼女にぴったりの一曲を添えるなら、Mike Posner(マイク・ポズナー)I Took A Pill In Ibizaがいい。

スペインのイビサ島でピルを飲んだという歌詞から始まるこの曲。リミックス版が流行っているけれど、不二子には、アコースティック調のオリジナル版がよく似合う。100万ドルを稼ぎ、スポーツカーを乗り回す。お金はすべて女と靴に使い込んで、Bigになった俺。音楽とともにある自分の人生、成功、誇り。Bigになったからこそ知ることのできる悲しさや、人生の辛さをマイクは弱冠28歳にして歌っている。不二子の乗るカマロと、歌詞中のスポーツカーもそうだけれど、生きることの酸いも甘いも知り尽くしたこの曲は、まさに『風味絶佳』のグランマ不二子そのものだ。破天荒で、一見陽気な不二子が必需品だと携帯し舐めるのは、森永のミルクキャラメル。物語から垣間見える悲しみを、甘いミルクキャラメルがそっと溶かし出す。All I know are sad dongs….悲しい歌だと歌う切ない歌詞と、オリジナル版のスローテンポに、マイク・ポズナーのハスキーボイスがマッチして、ミルクキャラメルのように甘く耳に響き渡る。その風味は、絶佳だと、人生を肯定する。

あなたも感想を書いてみませんか?
レビューンは、作品についての理解を深めることをコンセプトとしたレビューサイトです。
コンテンツをもっと楽しむための考察レビューを書けるレビュアーを大歓迎しています。
会員登録して感想を書く(無料)

関連するタグ

風味絶佳が好きな人におすすめの小説

ページの先頭へ