真梨幸子の描く、美しき悪女 - 深く深く、砂に埋めての感想

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深く深く、砂に埋めて

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真梨幸子の描く、美しき悪女

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文章力
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ストーリー
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演出
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目次

現代のマノン・レスコー

本作は、『殺人鬼フジコの衝動』『5人のジュンコ』など次々と映像化される衝撃作を生み出すイヤミスの女王・真梨幸子の4作目にあたります。もともとフジコよりも前に出版されていた作品ですが、文庫化されたのはフジコより後。フジコ前の作品はどれも評価が低く、文庫化まで時間がかかっていたということがわかります。しかし、評価が低いということは面白くないのでは?と思うは大きな間違いです。私は、本作こそ映像化に最も適した作品だと思いますし、ある意味東野圭吾の『白夜行』『幻夜』に匹敵する凄みがあると感じています。

美しい女性が周りを翻弄してゆくという物語は古今東西どこにでもありますが、やはり有名なのは悪女文学の金字塔『マノン・レスコー』です。知らない方のために、簡単なあらすじを紹介します。

オペラ・マノンレスコー

美しきマノンは、修道院に入る前にデ・グリューに見初められ、パリに連れていかれます。ですが、貧乏暮らしに疲れたマノンは、ジェロンデ大臣のもとに逃げます。彼のもとで贅沢三昧をするマノンでしたが、今度は愛のある生活を懐かしく思い、再びデ・グリューと暮らすことを決意します。しかし、ジェロンデ大臣から逃げ切ることはできず、売春の罪でアメリカに追放となります。アメリカでもなお男と問題を起こし、放浪に放浪を重ねたマノンはついにデ・グリューの腕の中で息絶えることとなります。

これは正に有利子の人生そのものではないでしょうか。お金だけでも愛だけでも足りない。自らの欲望を果てなく満たしてゆく姿は、まるで底の抜けたバケツで水を汲み続けるようなもの。永遠に水が溜まることはないのです。「地獄に堕ちたら、私、きっと鬼を味方につけて、天国の天使なんかよりも優雅に暮らしてみせるわ」と有利子は言っていましたが、私には、彼女が生きている現世こそ永遠に満たされない飢餓地獄に思えるのです。

悪女か聖女か

本作を読んだ後に最初に疑問に思ったのが、「果たして有利子は悪女なのか」ということでした。というのも、彼女がしていることはただの「おねだり」にしか見えないからです。いえ、最初はおねだりですらありませんでした。ただ「もし中身がサファイアなら、ご連絡ください」と言っただけ。それに対して啓介が、勝手に、わざわざ、サファイアを購入しただけです。「君のサファイアだ」「ええ、これは、まさに、私のものだわ」というシーンは舞台のワンシーンのように印象的でした。その後も「週末は必ずあのホテルのスイートに泊まりたいわ」「通いのハウスキーパーを雇ってもいい?」など、どれも脅迫しているわけでも詐欺でもありません。ただ純粋に、欲しいものを欲しいと言うだけです。犯罪を犯すのはあくまで周りの人間であって、有利子が頼むことは一度もないのです。果たしてそれは悪女でしょうか。

その意味では、先に例に挙げた『白夜行』『幻夜』のヒロインとは一線を画するかもしれません。有利子は積極的に犯罪を犯すことも、共犯を強いることもないからです。

しかし、その積極的に動かないことも計算であるとしたら・・・。それは正に稀代の悪女であると言わざるを得ないでしょう。

有利子の生い立ち

では、どんな育ちをしたら、こんな魔性の女が出来上がるのでしょう。有利子が産声をあげたのはキャバレーのトイレです。最初は大切に育てられたものの、シングルマザーで経済的にも育てることが困難になった母親は、修道院が運営するボランティア施設に有利子を預けることになります。ちなみに、これは真梨作品に本当に多い設定で、例えば『殺人鬼フジコの衝動』では、フジコは家族を亡くし叔母の家に引き取られています。『鸚鵡楼の惨劇』もそうですが、母親が水商売をしていて片親家庭、というヒロインが本当に目立ちます。子供の頃の不幸な生い立ち、というのは犯罪の理由としてあまりに陳腐ではありますが、一般的には良心に欠ける人間のほとんどが家庭内に何かしらの問題があると言われていますから、あながち不自然ではないかもしれません。(もちろん、何の問題もない家庭など地球上にひとつもありませんから、あくまで統計ということでしょうが)

数年後、母親とその恋人によって引き取られた有利子は、とても子供らしくない子でした。「例えば、何か欲しいものがあるとする。普通の子供なら、泣いたりぐずったり、逆に大人の気持ちが冷めていくような方法で強請るものだけれど、あの子は違う。決して欲しがらない。その代わり、目当てのものの前で、悲しげに立ち尽くすの。欲しいの?と聞いても、ううん、いらないと涙のひとつも零す」。これには圧倒されました。子供ながらに、大人をどのように操るのが最も有効であるかわかっていたのです。そして、育つほどに香り立つ美しさ。有利子は不幸な生い立ちと引き換えに、何にも代えがたい処世術を身に着けていったのです。そんな彼女を、誰が責められるでしょう。ただ彼女は求められるがままに美をふりまき、欲望を満たそうとしただけなのですから。

「有利子。そんなことしてたら、天国に行けないよ」「天国って、どんなところ?」「天国というのは、神様が住んでいらっしゃる場所で、平和で、悲しみも苦しみも争いもない、安寧と優しさと幸福に満ちた素晴らしい感動的な世界よ」「そんなところ、つまらない」

このやりとりに、有利子の本質があるように思えてならないのです。

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