十二国記シリーズのはじまり 異世界に迷い込んだ少女の物語
作家・小野不由美の実力とは
『残穢』の映画化になってようやく世間に広く名を知られるようになった小野不由美だが、そもそも小説を好む人々にとって小野不由美は非常に評価の高い作家である。
まず第一に、読みやすい文章力。嫌味でも知識自慢でもなく、すらすらと流れるように文章を紡いでいくスタイルが持ち味だ。
文章というのは書き手の巧拙によらず、読み手の好き好みが意外なほど分かれるものだが、読まず嫌いを跳ね除ける実力が、小野不由美にはある。
描写は丁寧でわかりやすく、どんな世代の生徒にもきちんと対応する教師のような教え方の出来る存在だ。
そして第二に、豊富な知識に基づいた世界観構成である。
これは『屍鬼』に詳しいだろう。閉鎖的な田舎、というよくある舞台設定を、読者の想像力に依存せずに一から造り上げた。
特に冒頭の作中の舞台・外場村の描写は非常に細やかであり、誰もが見たことのある景色を映像として浮かびあがらせ、世界観を構築している。いわば、読者の脳のなかにマップを生み出すことに成功しているのだ。
この第二のポイントは、『十二国記シリーズ』に遺憾なく発揮されている。
『十二国記』において、小野不由美は完璧な異世界を作りだした。法、国家、人、服装、神話。これら全てが綻びのないほど完璧なのである。
『十二国記』はティーン向けのライトノベルでありながら、まだ世間を知らない年頃の読者たちに「これは普通の小説じゃない」と畏れに似た感情を印象づけた作品だった。その第一弾が、『月の影 影の海』である。
主人公・陽子の途方もない旅と孤独と絶望
物語は、平凡な高校生・中嶋陽子が、見知らぬ金髪の男に連れ去られるところから物語は始まる。男には目的があるが、陽子には全く心当たりがない。そのうちに謎の怪物に襲われ、金髪の男と離れ離れになる。気が付いたときには陽子は異世界に辿りつき、故郷への道を求めて歩き始めた…。
これが上巻のおおよその流れである。陽子は文字どおり”あてのない旅”を続ける。たどり着いた世界では、言葉はかろうじて通じるものの、文化は全く別で陽子を困惑させる。見知らぬ土地を歩く不安、寄る辺は一切ないーー。
と、異世界ファンタジーにはよくある序盤の展開だと思われがちだが、ここから小野不由美の本領が発揮される。
まず、”見知らぬ土地”が、本当に見たことも聞いたこともない世界なのである。土地の名前も、人の名前も、現代とはまるで違う。地球に生きる現代人にとっては、クエスチョンマークだらけになる馴染みのない土地。当然、陽子も困惑するばかりだ。
ここに小野不由美の圧倒的な世界観構築と説得力が役立ってくる。陽子は多少頭はいいものの、普通の高校生だ。その高校生が理解しうるギリギリまでかみ砕いた解説をし、読者は陽子と一緒に世界観を学んでいく。
だが、教える側のキャラクターの知識レベルにも限界があるため、陽子も読者も全容を知るには至らず、なんとなく世界観を覚えるところまでで納得し、前に進んでいくしかない。
危機的状況に直面するなかで陽子が自ら覚えていく事象もある。この世界には妖魔と呼ばれる怪物が跋扈し、特に夜は危険でうかつに外に出られたものではないことだ。
陽子は旅のなかで里木という絶対安全圏を知るが、これは陽子が何度も妖魔の襲撃にあった末に自力でたどり着いた結論だ。親切な村人が懇切丁寧に教えてくれた訳ではなく、むしろ作中登場する村人は陽子を騙していくばかりだ。
一見親切そうに見えた人々が、陽子を騙していく。普通の高校生だった陽子はようやく人とわかりあえたと喜ぶが、そのたびに騙され、やがては誰も信じないと頑なに拒否していく。”寄る辺が一切なくなっていく”訳である。
このように、小野不由美は主人公を不幸な目に合わせることに関して全く容赦がないのだ。ゆえに、最近流行りの異世界モノファンタジーノベルとは一線を画しており、二十年以上経った今でもなお名作として絶大な評価を得ている。
また、作中で陽子が幾度となく騙されていく過程のなかにも、小野不由美の技量が光る。
というのも、読者が事態の好転を期待した流れのなかに、小野不由美は罠を仕掛けていくのだ。親切そうな女性が現れる。女性は子供をなくした経験からか、陽子にとても良くしてくれる。陽子も読者も、彼女を善人として疑わない。だが実際は、陽子は善人の皮を被った女性にまんまと騙されてしまう。
読者は陽子と共に、深い悲しみと苛立ちを感じていく。
この予想もつかない展開の連続がまた巧いのだ。小野不由美はひょっとしてドSなのか?と疑いたくなるほどである。
ようやくたどり着けたキリンの裏切りによって下巻に続いていく
超絶なる苦難の旅の末、陽子はようやく金色の髪をした人物に巡り合う。
読者も、これでようやく陽子も報われるだろうと一安心するーーところであったが、実際は違った。金色の髪の人物は女性で、陽子の手を刺した挙句、どこかに逃げてしまったのだ。
絶望に次ぐ絶望である。陽子の慟哭が本を通して訴えかけてくるようであった。
小野不由美はあとがきにおいて「全く救いようのない暗い話で終わってしまいました」と述懐するほど、本当に陽子は絶望の底にいる。
それが下巻によってどう解消されていくのが『月の影 影の海』の見どころになるのだが、それはまた別のところで語りたいと思う。
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