キャッチャー・イン・ザ・ライの感想一覧
J.D.サリンジャーによる小説「キャッチャー・イン・ザ・ライ」についての感想が9件掲載中です。実際に小説を読んだレビュアーによる、独自の解釈や深い考察の加わった長文レビューを読んで、作品についての新たな発見や見解を見い出してみてはいかがでしょうか。なお、内容のネタバレや結末が含まれる感想もございますのでご注意ください。
不可思議な作品
伝説的でなぜか奇妙なんだけど惹きつけられてしまう、カルト的な魅力があるサリンジャーの作品です。村上春樹訳のこの版では「キャッチャー・イン・ザ・ライ」という名前ですが、「ライ麦畑でつかまえて」という邦訳のほうが有名かもしれません。まぁ、キャッチャー・イン・ザ・ライの方がかっこいいとおもいますけど。かなりこの作品は評価が別れると思います。嫌いな人は2,3ページ読んで嫌悪するのではないでしょうか。しかし、それこそサリンジャーの意図しているところではないかとも感じます。村上春樹の訳も中々軽妙であっている気がします。まぁ、とりあえず一度読んでみて各々評価して欲しい作品です。
若者にこそ読んで欲しい作品
村上春樹の訳は簡潔な日本語で書かれている美しい作品に仕上がっていると思います。本書のストーリーは変わらないのですが、訳によってこんな風に作品の趣が違ってくるものかと思いました。村上さんのほうは他のアメリカ文学の翻訳も手がけていますが、かわいた文体が内容によく合っていると感じました。本書の主人公と同じように悩み、考え、行動していたに違いないだろうから。だから、本書は、人生の本当の意味でのはじまりの時期、多感で心が瑞々しい時期にこそ読んで欲しい。オヤジ臭いいい方をすれば、皆、そういう時期を経験して、自分というものを見いだしていくのだ。逆に言えば、それだけ自分が錆び付いてしまったのだろうけど。
村上春樹訳も読んでみたい
サリンジャーの作品では、有名な割には大した内容でないと言われたキャッチャー・イン・ザ・ライ。高校生の頃は、題名だけで読んでみたくなる小説であるでしたが、当時は内容が問題があるということで、無事高校を卒業するまでは、読むのはやめようと思った記憶があります。大学に進学してからもためらいがあったのですが、いつか忘れた頃に日本語翻訳を読み、期待した程反社会的で恐ろしい内容ではなかったで、安心しました。サリンジャー独得の不良少年の視点から、周りの大人や家族、友達をこき下ろしながら、突っ走っていく感覚が、何回読んでも爽快で印象深い作品だと、大学生になったある夏の日に思えるようになり、大人になった自分に感謝しています。
名作
「ライ麦畑でつかまえて」は中学生のときにはじめて読んで、感銘を受けました。どこがどう良かったのか説明できないけれど、なにか心に響いたことを覚えています。内気なのにどこかめちゃくちゃなホールデンに思春期だった自分を重ねる部分があったのだと思います。大人になり、村上春樹訳バージョンがでたので読み返してみたけれど、あの頃の感動は得られませんでした。大人目線で読んでしまうからでしょうね。 でも、やっぱり名作なので面白いです。村上春樹の新訳というところにも期待していたのですが、読みやすくなっている反面、すこし軽いなぁという印象です。 旧訳バージョンのほうが好きです。
軽快な面白さをもつ青春小説
たぶんどんな人にもどこかに本書の主人公と同じ所があったと思います。それは汚れた大人の世界への反発であり、虚飾や偽善の嫌悪と純粋なものへの憧れでもあります。問題児であるように見えながら、主人公の奥底にある子供への共感とそのイノセンスを護りたいという意識、これは多くの人の心の中に潜むものでもあります。サリンジャーらしいと思うのはこれらのテーマが、実にユーモアたっぷりに面白く描きだしてあることです。特に饒舌で無駄口をたたきまくる主人公は、軽さとポップさがあり、これは良い意味でのアメリカ文学の持ち味を備えていると思います。英語の原文は当時の若者のしゃべりを上手く捉えていると評価されていたそうです。全体としては楽しい青春小説として一読しても良いと思います。
十代に読むべきか、大人になってから読むべきか
中学時代に、社会の先生のすすめで読んだ。最近、また読み返したのだが、大人になって読んでみるとむずがゆいな、と感じた。中学時代に読んだときはすごく感動したのを覚えている。葛藤とか反骨心、好奇心など、十代特有のあの感じをうまく表現している。反骨心など持たず、まったりとした十代を送った人や、ネガティブな感情を持たなかった人には理解しがたい作品だと思う。村上春樹の文章は、こういった青春や十代特有の感じを表すのにはぴったりだなと思った。アーティストや犯罪者などには、この本が好きだという人が多い。思春期的なアンテナをはっているひとほど、惹かれるんだろう。
青春の一冊
『ライ麦畑でつかまえて』は私が高校生だった頃に読みました。当時、好きだったアイドルが雑誌で『ライ麦畑でつかまえて』が好きだと言っていたのを見たのが読むキッカケでした。読み始めて「なんだこれは」と思ったものです。変な主人公だとなと感じました。しかし、若いヤツの中にはこういうのもいるだろうなと私も充分に若かったですがそう思いながら読みすすめていました。その後、大学に進学し英語のクラスで『ライ麦畑でつかえまえ』が使われ原書で読むことになりました。私は高校の頃に読んだ事があったのでその英語のクラスではだいぶ助かりました。『ライ麦畑でつかえまえて』は若い頃に読む本だと思っています。
若い内に読んでおけばと
夏目漱石は子供の頃に読むよりも、少し人生経験を積んでから読むのがいいと思いますが、この「キャッチャー・イン・ザ・ライ」は若い内に読んでおくのがいいのでしょう。とはいえ、私は好きなアーティストとかがいいというので、学生時代に野崎氏が翻訳された方読んで見ましたがどうしても最初の2~3ページで読めなくなり挫折しました。そして成人後、村上春樹氏翻訳のが出て、もう一度読んでみて、何とか最後まで読んだけど、やっぱりあまり好きになれませんでした。海外の小説は翻訳でも随分印象が違いますが、これはあまり関係なかったかもしれません。ただタイトルは「ライ麦畑でつかまえて」の方が好きです。
嗚呼、素晴らしき哉、モラトリアム。
男性ならば、少年の頃にもっていただろう、世の中に対する反骨心というか、アナキズムというか。敏感でいて、素直になれなくて、不器用で、自暴自棄で。学生の頃の僕は、主人公ホールデン・コールフィールドのそういう部分にシンクロしたわけである。ジョンレノンを殺害した犯人が読んでたとか、酒やタバコを扱ってて当時は問題作として扱われてたとか、そういうレッテルが貼られている作品なのだが、それがまた当時の僕を刺激した。大人になりきれない少年の葛藤の物語。大人になった今読み返しても、当時の自分に出会えるようで新鮮だ。野崎孝訳の『ライ麦畑でつかまえて』も良いけど、春樹訳のこちらもおススメ。