孤独な心を優しく温かいまなざしで見つめる人間凝視の秀作「カイロの紫のバラ」 - カイロの紫のバラの感想

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孤独な心を優しく温かいまなざしで見つめる人間凝視の秀作「カイロの紫のバラ」

4.54.5
映像
4.5
脚本
5.0
キャスト
4.0
音楽
4.5
演出
5.0

この映画「カイロの紫のバラ」は、ウディ・アレン監督自身が自作の中で、好きな6本の内の1本として挙げていて、1985年度のゴールデングローブ賞の最優秀脚本賞、ニューヨーク映画批評家協会の最優秀脚本賞、カンヌ国際映画祭の国際映画批評家連盟賞、英国アカデミー賞の最優秀作品賞、最優秀オリジナル脚本賞、フランスのセザール賞の最優秀外国映画賞を受賞している秀作です。

映画の舞台は、1930年台の経済不況下のアメリカ・ニュージャージー。失業中の夫に代わってウエートレスをして働くセシリア(ミア・ファロー)にとって、唯一の心の支えとなり、淋しい心を癒してくれるのは映画館へ行って、今上映されている「カイロの紫のバラ」という映画を何回も繰り返し観る事でした。

フレッド・アステアの歌う永遠の名曲"ヘヴン"が流れるなか、セシリアが劇場の前でうっとりとした顔でポスターを見つめるという印象的なシーンから映画は始まります。 名画はその冒頭のシーンとラストシーンがいつも素晴らしく、映画ファンの心を虜にし、映画という虚構の世界でひと時の夢を与えてくれます。

1930年台といえば、ハリウッドが、まさに"夢の工場"とも言われたミュージカル映画の黄金時代でしたが、当時のアメリカの人々は、大恐慌時代を経て、未だに苦しい生活を強いられており、そういう厳しい現実の生活から逃避出来る唯一の場所は、娯楽としての映画でした。

スティーヴン・スピルバーグ監督が、"映画を観るという行為は現実の生活から離れ、ひと時の夢に酔う究極の逃避である"と語った事がありますが、この映画を観るという行為は、いつの時代になっても、究極の逃避であり、特に我々映画ファンと言うのは、元々淋しがり屋で孤独ですので、常に映画という虚構の世界に我が身を置いて、ヒーロー、ヒロインと同じ気持ちになって、厳しい現実の自分から逃避しているのです。

セシリアは、今日も現実から逃れるようにして、「カイロの紫のバラ」という映画を観ていましたが、これが5回目である事に気付いた映画のヒーロー、トム・バクスター(ジェフ・ダニエルズ)は、劇の途中でスクリーンの中から飛び出して来て、映画の進行は止まり大騒ぎになりますが、そんな事はお構いなしに、映画のヒーロー、トムは何とセシリアに恋をしてしまうという、奇想天外なお伽噺の世界が描かれていきます。

困惑した映画会社は、トムを演じるスターのギル・シェパード(ジェフ・ダニエルズ・二役)を動員して、トムを映画の中へ連れ戻そうとしますが、そのギルもセシリアを愛してしまい、彼女と駆け落ちしようと言いだします。 全てを捨てて約束の場所で待つセシリア。だがヒーローはその場所へやって来ません。

ヒーローが心変わりしたのか、それとも単なる口先だけの約束だったのか、それとも周囲の陰謀で来る事が出来なかったのか----。 再びいつもの孤独な生活へと戻っていくセシリア----、紫色の夢が破れ、現実の厳しい生活が待っています。

こんなセシリアに対して、ウディ・アレン監督は、素敵なラストシーンを用意しています。 哀れなセシリアをほんのひと時、映画の夢の世界に酔わせ微笑みを与えます。 まさしくウディ・アレン流の優しいダンディズムが、遺憾なく発揮されています。

傷心のセシリアが観ている映画は、ミュージカル映画の最高傑作と言われる「トップ・ハット」で、彼女は哀しみに沈みながら、映画の中で繰り広げられる、フレッド・アステアとジンジャー・ロジャースの華麗な歌とダンスに魅せられて、再び幸福で豊かな気持ちになっていきます。

まさしくこの映画は、主人公のセシリアが映画の魔法の力で、再び生きる希望、勇気を見い出していく、"彼女の人生の再生のドラマ"であると思います。 そしてセシリアを演じるミア・ファローの思わず抱きしめたくなるような、儚い乙女心は実に切なく、人間の孤独感を見事に表現していたと思います。

また、彼女の孤独な心を優しく温かいまなざしで見つめる、ウディ・アレン監督の人間凝視の奥深い演出は素晴らしく、彼の最高傑作だと思います。 我々映画ファンは"映画という虚構の世界に憧れ、夢を馳せながら、映画によって自分自身と現実を認識し、映画という魔法の力で明日への生きる活力、希望、勇気を見い出していける"のだと思います。

映画を深い感動と静かな余韻の中で観終えて思う事は、ウディ・アレン監督が、この映画で描いた、"悲観と楽観の間をたゆたう絶妙なバランス"は、我々映画ファンに"虚構の世界を楽しく遊ぶ人生の豊かさを感じさせてくれ、そして、その豊かさの中にこそ本当の人生というものがある"のだという事を教えてくれるのです。

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