人間の孤独と自由という、人生の深淵を客観視して描いた秀作「ハリーとトント」 - ハリーとトントの感想

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人間の孤独と自由という、人生の深淵を客観視して描いた秀作「ハリーとトント」

5.05.0
映像
5.0
脚本
5.0
キャスト
5.0
音楽
5.0
演出
5.0

この映画「ハリーとトント」は、アメリカ映画が得意とする、ある人間の旅を描いた物語ですが、これは、アメリカン・ニューシネマのような若者の旅ではなく、72歳の老人の物語です。

長年住み慣れたニューヨークのマンハッタンのアパートのビルの取り壊しにより、市から立ち退きを強いられた主人公の元教師のハリー(アート・カーニー)は、ニューヨークの郊外に住む長男の家に居候するのがいたたまれなくなり、愛猫のトントを連れて、長女のシャーリー(エレン・バースティン)の住むシカゴへ、更に次男のいる西海岸のロスへと旅をして行きます。

このように、妻に先立たれた一人の老人が、既に自立した二人の息子と一人の娘の家に立ち寄りながらも、孤独だが自由な生き方を選んで、愛猫トントと共にニューヨークからロスまでの大陸横断の旅を続けて行く物語ですが、このドラマの底に流れているものは、厳しいものがあります。

しかし、ポール・マザースキー監督は、この映画の製作意図を当時の社会的な世相をもとに、「この映画は、悲観的な社会に関する楽観的な意見とでも言うべきものだ。世の中は確かに悪くなっている。だがユーモアや笑いの要素を除いて僕の作品は成立しない」と語っていて、精神も肉体も若いハリーという老人と、彼が触れ合う人々を優しく温かい眼差しで見つめ、しみじみとしたタッチで描いていると思います。

若いヒッピーの女の子、ボケてしまった昔の恋人、魅力的な若い娼婦、留置場で一緒になった老インディアンといった人々との出会い、そしてシネマ・モビルという画期的な方式で即物的に撮影した、アメリカの田舎の風物のあれこれが、このハリーという精神的に若く、しかも毅然とした老人の目を通して、そして猫への語りかけという斬新な手法で、コミカルに明るくスケッチ風に描いていて、ポール・マザースキー監督の演出テクニックの冴えに酔いしれてしまいます。

本来この映画の持つ、ある意味、深刻な老人問題は、ハリウッドのエンターテインメント映画としては、この映画が描くような喜劇調でしか、映画化し得ないのかも知れません。 しかし、この映画は、喜劇調と言っても、"人間の孤独と自由という人生の深淵"を、客観視した鋭さを秘めていると思います。

この映画の公開当時、日本の小津安二郎監督の、いわゆる"心境映画"との共通性を指摘されたそうですが、しかし、小津映画の"諦観"とは違って、老齢にもかかわらず、精神は青年の持つ若々しい生命力を失わない、小市民の突き抜けた明るさを、この映画は持っていると強く感じます。

そして、ポール・マザースキー監督が、「この映画には別に深い意味はないが、もし何かが描かれているとすれば、それはあらゆる年齢層の人々に受け入れられる人生の姿というものを描きたかった」と語っている裏には、老人問題についての鋭い社会批判を秘めているように思います。

この映画で、主人公のハリーを演じたアート・カーニーは、この映画の撮影時57歳とこの役よりずっと若かった訳ですが、孤独だが生き生きとヴァイタリティに溢れた老人を淡々と演じていて、実に見事でした。 彼は舞台やTVショーに出演した事があり、この映画の前にも端役で映画に出演したりしていましたが、初めての主演で、いきなり1974年度の第47回アカデミー賞の最優秀主演男優賞を受賞という快挙を成し遂げたのです。 併せて、同年のゴールデン・グローブ賞の最優秀主演男優賞(コメディ/ミュージカル部門)も受賞しています。

この第47回アカデミー賞の主演男優賞の候補の顔ぶれがとにかく凄くて、「チャイナタウン」のジャック・ニコルソン、「ゴッドファーザーPARTⅡ」のアル・パチーノ、「レニー・ブルース」のダスティン・ホフマン、「オリエント急行殺人事件」のアルバート・フィニーという錚々たる演技派俳優を抑えて、最優秀主演男優賞を受賞したのですから、いかに、この「ハリーとトント」でのアート・カーニーの演技が素晴らしく、絶賛されていたのかがわかります。

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