人間模様と推理を同時に楽しめる作品 - 看守眼の感想

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看守眼

5.005.00
文章力
5.00
ストーリー
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キャラクター
4.50
設定
4.50
演出
5.00
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人間模様と推理を同時に楽しめる作品

5.05.0
文章力
5.0
ストーリー
4.5
キャラクター
4.5
設定
4.5
演出
5.0

目次

看守眼

三十八年の勤務のうち、二十九年間を留置場の看守として過ごした近藤。希望した理由は看守を心から望んでいたわけではなく刑事になる夢をあきらめきれなかったためだという。この話の中では主人公である山名悦子。家庭の事情から安定している仕事を選び、ただその仕事にも思っていたのとは違う現実を感じている。また、結婚相手に関してもプロポーズされるも一歩踏み出せないという現状。そんな思い描いていたものと違う現実や、妥協してきた現実を抱えている山名悦子だからこそ機関紙の編集をする中で知ることとなった近藤に対しての憧れや羨望のような気持ちが心のどこかにあったのではないかと感じました。

この話の中では、自分の希望(刑事)に向けて周りになんと言われようと山手町の失踪事件に情熱を捧げる近藤と山名が対照的だった点も印象的だったのですがなんといっても事件の真相のほうが印象的でした。殺されたとばかり思っていたエミ子が犯人だと思われた山野井とグルだったことも予想外でしたしそれも結果としてエミ子が山野井を利用しただけというのも予想外でした。山野井を利用したのも、夫や寝たきりの義父の世話をすべて捨て、人生をやり直したかっただけ。ここは世の中の主婦で共感できる人も多いのではないかと思いましたね。登場人物の葛藤やコンプレックスに注目していたら事件の真相自体も面白く、読み応えのあるお話でした。 

自伝

これは働いている身としては共感できる部分がありました。自分の担当だったテレビのコーナーをはずされ、先のことを考えると不安でたまらないタイミングでのチャンスをつかめる仕事。本来はその仕事を自分のものにすることだけに集中すればいいものを、社長の過去を知る中でさらに自分が金を得る方法に気づいてしまう。そのような汚い手段に出なければ安定した未来が与えられたものを、という状況で、絵に描いたような自業自得でしたね。ひとつのもので満足できず、目の前にある欲望をこらえることができない、人間の汚い部分がわかりやすく出ていたように感じます。この話での真相も予想外でした。社長が只野の母を殺したという事実に間違いはないと思っていたのですが違いましたね。強請ってさえいなければ、血もつながっていない只野を自分の会社に受け入れようとしていた社長の優しさに感動しました。 

口癖

これもとても共感できる部分がありました。自分の職を全うしなければいけないという責任感と、過去の出来事に対する恨みの気持ちがぶつかりあう気持ちがわかりやすく出ていましたし、そのような状況になった場合人間はやはり汚い気持ちのほうが勝ってしまうということが、リアリティがあるようい感じました。「勝った。あけすけな感情が脳を突き上げたとき~」の1文では鳥肌がたちました。

どのような人も自分の抱えている劣等感から、少しの綻びに自分のほうが優位な立場にいると感じたいものなんですよね。それがとてもわかりやすかったです。現在の自分の状況に悲観していても、自分より恵まれていない状況の人を見つけては「自分のほうがまし」だと言い聞かせる気持ちを誰しも一度は感じたことがあるのではないだろうかと思います。この話の最後も衝撃的で、そのような汚い気持ちが見えてしまった人には天罰が待っているのだなと感じました。後味の悪い話ではありましたが、読んだ後にとても充実感のある話だったと思いました。「勝ちも、負けも何もなかった」という一文がとても印象的でした。 

午前五時の侵入者

こちらは自分の不幸な生い立ちから、現在手に入れた幸せな日常を手放したくないあまり、自分の保身に走る主人公の話でしたね。この話も理解できる部分が多いです。今ある幸せな家族、自分に向いている仕事、自分が思った以上の早い昇給。これを手放すくらいなら少しくらい真実を握りつぶすような行動をしてしまってもかまわないと思ってしまうのは仕方ないとも思えます。

この話の中で「幸せの記号を集めてきた。その数をいつも数え、確認してきた。増えれば増えただけ、過去から遠ざかれると信じていた。」という一文がありとても印象的でした。いい大学、いい会社、いい階級。誰しもこのような「幸せの記号」を集めてどうにか立っているのだと思います。結局はこの主人公である立原も最後に自業自得のような結果に陥ってしまいますが、これに関しては少し同情の気持ちがありましたね。人は自分の幸せを守りたいだけなんですよね。 

静かな家

横山秀夫さんのお話しで整理部か編集部とかが出てくると「クライマーズハイ」を思い出しますね。(どちらが先に出たのかわかりませんが・・)脇役になりがちな編集の現場での緊迫感や大変さが伝わってきます。自分が大した男ではないことを自覚し、それでも内勤の人たちと対抗するために努力している男の野心や保身の心が出ていた話だったように感じます。ただ誤って載せてしまった記事の写真展に行った場面は心温まりました。この後どのように進んでいくのかと思ったら、他の話と違ってしっかりした殺人事件が起こりましたよね。自分の失敗をもみ消すために孤軍奔走した結果、それにより自分のミスがすべて露見してしまうあたり、この話も自業自得感がすごかったですね。

他の話と違って、「電話の相手が実は違う相手」という真相は予想しやすいもので、その点だけ少し残念でしたね。温厚な人物だと思っていた相手から荒い口調の電話が来たとなれば誰もがその結果を予想できたのではないでしょうか。 

秘書課の男

知事の秘書というあまりなじみのない職種の話で新鮮でした。知事の周りの人はこんなにも気を使わなければならないのか、とか知事の期限とか行動でこんなにも周りは振り回されるのか、と感じました。

主人公の倉内に関して、「自分より秀でた子に出会うと、なびくようにその下についた。」「主役を引き立てる側の人間だと気づいていた。」という部分を見て、このような人いるなあ、という感想でしたね。やはり適材適所というものがあって、主役になるべき人、主役を支えるべき人という役割分担が大切な中、倉内はそれに早く気づき、必ずしも個性が歓迎されない世界、今自分に最も合っていると思える仕事についている点はとても賢明ですよね。羨ましいです。この話の中では自分のポジションを若手に奪われそうな倉内が、投書の原因を探っていく中で、同じ思いをした蓮根が犯人だと気づくのですが、この真相は意外でした。まったくノーマークのところでしたね。

この話の中では投書をそのまま上に上げた犯人は誰だというところよりも、向井の自殺に関する話のほうが印象的というか感動的だったので、出来事の真相のほうがさくっと解決したことに関して、それはそれでよかったような気がします。この短編集には、後味の悪い話が多かったので最後に少しだけ心が温まる話があってよかったと思います。

誰もが持っている心の不調和や苦悩

各短編は、人間のちょっとした不調和や弱い心であったり、苦悩だったり、それぞれが抱える葛藤に焦点を置いた作品だったように感じます。それにからめて各短編に様々なミステリーや事件があり、自分自身の葛藤や悩みと重ね合わせていく中で事件や出来事の真相を推理しながら読むという点がとても楽しめる作品でした。 

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