大抵のことは時間が解決してくれる…かな?
恋とは墜ちるものらしい
この小説は、主人公隼子の小学生時代から、社会人になるまでを描いた贅沢な小説である。私は、物語の中になぞを残す終わり方が大嫌い。この後、主人公はどうしたでしょうか?それの答えはあなたの心の中にあります…なーんていうあいまいな終わり方が許せないタイプなの。読者に丸投げしないでほしいと本を読むときに常々思っている。
その点、この物語は合格である。明らかにこのラストの後の展開が予想できるから。ひゅるるる~ストーン!!これは、恋に墜ちた音。「落ちる」でも「堕ちる」でもなく姫野カオルコさんは「墜ちる」を使っている。まさに撃墜された感じかしら。再び巡り合った隼子と河村先生にはもうなにも障害がないの。このあとのハッピーエンドは確実でしょう。もう、誰にも邪魔されないで恋を堪能すればいいさ。
でも、私自身は恋をしたことはあるけれど、墜ちたことはなく現在に至っている。恋に墜ちる瞬間を味わってみたかった。
隼子と河村先生が恋に墜ちたのは、一体いつなんだろう。隼子が中学生のとき、危険な性愛を繰り返していた二人はそれを恋だと思っていなかったのではないだろうか。相手に会いたいと思うのを肉体の欲望のせいにして、よもや好きだとは思っていなかった…自分の気持ちに気が付かなかったけど、再会して河村先生が後輩にいったように「愛し合っていた」ことに後になって気づいたのかもしれない。その時は愛だか恋だか欲望だかわからないままに、きっとただ逢いたくて…みたいな気持ちなんだろう。その気持ちに名前がつくのは、そう、ずっとずっと後のこと。
この小説の中で一番好きなところは、隼子が河村先生と別れて、ただ歩いた一月六日、三時十三分。このときにどうして歩けたか、後で述懐するところ。すごく素敵だと思った。さすがは姫野カオルコじゃないかと思った。「若かったから」わかるー。経験ないけどその言ってることわかるー。これからきっといくつもの恋をして、いくつもの別れがあって、でも今日がその一回目だと思ったのよねー。でもこの先、こんな恋はしなかったし、こんな別れもなかったの。だから歩けた。ここんとこ、すごくいい。
女の子あるあるに笑う
この小説はシリアスでねっとりした部分と、コミカルでさっぱりした部分が上手く掛け合わさっている。どちらも同じくらいの絶妙なバランスで、私をガクッとさせたりホロッとさせたりする。で、私を笑わせたのが、女の子あるあるだ。そのリーダーシップを発揮するのが統子ちゃん。のちのバーのマダムである。女の子たちが、かごめかごめ状態で一人の女の子を囲い込み、その悪行(往々にしてたいしたとこはない)を責め立てる。そして反省を誓わせる。これって、今ならいじめになっちゃうのかな?私が子どものころもよくあったよ。統子ちゃんみたいに足を踏ませるまではしなかったけど。
誰かと誰かはつきあってるから、異性のほうにみだりに話しかけてはいけないとかっていうアホらしい不文律があったわぁ。今の子たちは、きっともっと大人びてるだろうけど。昭和だからね。
あと、先生に男女二人で呼び出されるとひそひそ妙なウワサをたてられたり。そんなくだらないことが日常だったのよ。隼子とヨコハマみたいに。
そして、誰かの家に遊びに行くとお絵かきをするのも定番だったわ。そうそう、懐かしいと思えるテイストがいっぱいで笑えるのである。みゆきちゃんみたいに全然しゃべらない子もいたし、ハルちゃんみたいに男子からちょっかいかけられてばかりの子もいた。すーっと物語の中に入り込めちゃいそうな登場人物。なんとなく給食の匂いがしてきそう。苦手だったけど。
好きな男の子の告白大会もあった。「いない」っていうと「嘘だ」って言われんのよ。私も隼子と一緒で同級生の男の子に興味がないタイプだったから、困ったな。強いて言うなら誰?ってよくきかれたもんだよ。これも女の子あるあるじゃないかな。
みんな大人になっていく
隼子は、みんなより少しませていて、少し早く大人になった。男子って女子よりも幼いっていうから、隼子は同級生の男の子なんかに目もくれない。なのに、三ツ矢くんはそれがわからない。何とか背伸びして隼子に近づこうとし、失敗してやらかしてしまう。それもまた若さゆえ。いや、幼さゆえに。
この小説は登場人物が大人になった時のことまで、教えてくれるのである。それが、ボーナストラックみたいですごく嬉しい。まるで同窓会に参加させてもらっているみたいに。キャラクター、それぞれの個性に愛着があるから。
自分にも経験があるけれど、昔、大嫌いだった人と大人になって話したら、向こうも私もわだかまりがなくなって理解し合えた。三ツ矢くんはとんでもない失態を犯し隼子を苦しめたけど、時間の流れってありがたいね。消えないまでも、過去をある程度浄化してくれるもの。
そう、この物語に絶対にかかせなかったものは「時の流れ」なのではないだろうか。大人になれば許せること、あるものね。
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