母親ってやつは…
由美子の上流志向はいつから?
わかる、わかるよー。
それが『下流の宴』を読み始めてすぐに思ったことでした。何がわかるのかって、それは母親の由美子の気持ち。私は子どもを産んで育てる過程で「この子達は絶対大学まで出す」という漠然とした使命感がありました。私の暮らす地域は大手自動車メーカーの恩恵で、そこそこの高校からでもそこそこの会社に入り、平均以上の賃金を得ることが可能です。それでも、やっぱり子供に「高卒」の肩書を背負わせるには抵抗がありました。息子が工場の作業服でガチャーンガチャーンとやるのは耐えられませんでした。その気持ちはどこから来たのか…過去を振り返ってみてもわかりません。育ってきた環境ということなのでしょう。父は会社を経営しておりましたし、家はまぁ裕福な部類でしたし。自分も一応、地元では名の通ったお嬢様学校を出ましたし。
医者の娘で、自分も国立大学を出た由美子にとって、息子の名門中高一貫校への合格は嬉しいという気持ち以上に彼女の自尊心を十分満足させたでしょう。その自慢の息子が中退なんて!どれだけ打ちのめされたことか!
それでも息子をあきらめない
それでも、そんな息子でもたった一人の男の子だし、何てったって医者の娘の私の血が流れているのだもの、この子はやればできる子なのよ!由美子はそう考えて大検を目指します。
これも、「わかる、わかるー」です。息子の失態はまさかの出来事。なにか学校でつらい目にあわされたんだわ、この子は繊細なんだものと何とか自分に言い聞かせ、あの手この手で大検といういわばラストチャンスに賭ける由美子。母親なら誰だって自分の息子に学力がなくて落ちこぼれたなどとは、絶対に思いたくありません。私だってそうですよ。息子のテストの成績が落ちると「体調が悪かったんだわ」と自分に言い聞かせていました。間違ったところを直して理解することが大切などと、先生なんかは綺麗ごとをぬかしよりますが、母親に必要なのは結果なのです。満足できる結果じゃなければ意味がありません。
ただ、この点ではうちの息子は由美子の息子の翔とは違う…という優越感をもっていました。ふふふ。
男の子、女の子
息子の話をちょっと中断して、今度は娘の話にうつります。
私の子どもは二人で、息子と二つ下の娘の二人兄妹です。息子は控えめにいっても勉強も運動もまぁ上の中といったところでしょうか。娘は上増ししていって中の中の中。これといって特に取り柄もなく、幼少期から習わせたピアノが少し弾けるくらいです。きっとお世話になった小中学校の先生は、息子のことは覚えていてくれても、娘のことは全く印象にないでしょう。息子と娘の学力が入れ替わっていたらやばかったねと、今でも主人と笑います。娘の学力はほどほどでしたが、それでよいのです。悪目立ちするより、よっぽどましです。
由美子が可奈に期待することは、「いい家に嫁にいってほしい」ということなのでしょう。その点、この親子の目論見は一致しています。お嬢様大学を卒業したあと、可奈は内定していた会社を蹴って派遣会社に登録します。一流企業に派遣されて、そこで恋人を見つけたいという気持ちからです。あ、そういうのアリなんだーと目からウロコが落ちました。自ら派遣を選ぶとは!まだ就職活動に失敗した人が仕方なく繋ぎのために派遣社員になるというのが一般だと思っていたのに。仕事をするために会社に行くのではなくて、オトコを漁りに会社に行く…素晴らしい!そのためのお嬢様大学。やっぱり男という生き物は女よりいろんな面で優位に立ちたいと思っている人が多数。バリバリ勉強頑張って合格しましたとわかる国立大学よりも、育ちの良さを感じさせるお嬢様大学は男の自尊心を満足させます。ただ、私自身のお嬢様学校出身のキャリアはさほど役に立ったわけでもありません。由美子が自分が医者の娘であることを誇るように、私も自分の経歴を陰ながら誇っているのです。誰かがちょっと「学校どこ?」って聞いてくれないかなと思う程度には。
異分子に弱いの
さて、翔が連れてきた彼女です。「わかる、わかるー」その3。
できれば清楚な子がいい、できればちょっと家柄のいい子がいい、できれば少しおとなしめで息子を立てて暮れる子がいい…私が息子の彼女に望むこと。でも、それはちょっと条件をつけすぎといわれそうです。一万歩譲って、フリーターで構いません。ブスでもいいのです。でもガサツな女の子は絶対にイヤなんです。由美子は教養を求めたようです。教養って一日二日で備わるものじゃないでしょう。突拍子もないことをあけすけもなくのたまう珠緒に何度もブチ切れそうな気持ち、お察しします。とかく、母親は息子の不出来を見ないふりして、その結婚相手には理想を押し付けがちです。その理想が叶わないなら、普通でいいの。普通だったら何でもいいのです。珠緒はダメです。普通の枠を大きく逸脱しています。周囲の目が気になります。もし、あの娘と結婚なんかされたら、近所で後ろ指を指されるのではとこの段階でも、そんなことを気にしてしまいそうです。我が家は新興住宅地だし。
無理難題を言ってはみたものの、由美子にとって、珠緒が医者になろうがなれまいがどちらでもよかった…いや、どちらでもダメなのです。第一印象で異分子だと感じてしまったから。
息子の結婚相手が変わり者だということは、世間に対して敗北を公表することなのです。
父親の存在意義
ここで父親について少し。
父親に対する意識は、由美子とはちょっと違います。初めて「わかる、わかる」はお休みです。由美子は翔の結婚問題にも、可奈の夫のうつ病問題にも「たいしたことじゃない」と一歩引いて静観する健治に苛立ちをぶつけますが、私にとっては夫は絶対的な立場なのです。怖いとか、威厳があるという意味ではなく、夫が大丈夫というならそれは絶対大丈夫だという安心感の中で暮らしてきましたから。子どもの危機に一緒になって動揺する父親の方が嫌じゃないですか?最後は夫婦二人で生きていくのに、その点では由美子は不幸だなと思います。ここでも、少し優越感です。ふふふ。
どこからが下流なのか
由美子と私が相当の見栄っ張りだということがお分かりいただけたところで、そろそろまとめです。
下流と上流の間に中流という言葉もあります。どこからが上流でどこからを下流と呼ぶのでしょうか。それを決めるのは収入なのでしょうか。医学部に合格した珠緒は、果たして上流階級の人間になれたのでしょうか。
それは、あなたの気持ち次第…綺麗な心で清く正しく生きていれば周りから認められて云々…なんてことを私はいうつもりは決してありません。
やっぱりお金だと思います。(きっぱり!)。
産まれる前からお金の心配なんてしたことのないお金持ちは確かに存在しているじゃないですか!家柄です。土地持ちです。お金持ちは再生産されます。それが上流階級で、ITで一発当てた人は成り上がりです。お金はあっても上流階級ではありません。
由美子の家は、下流とも呼べないんじゃないでしょうか。出戻ってきた娘と孫を受け入れるだけの甲斐性があります。元々上流ではなかったのだし、物語の最初と最後で何も変わらなかったのでは?上流階級に食い込みたいという野望がやぶれただけで、由美子の心の中の「医者の娘」という誇りは少しも揺らぐことはないし、何度煮え湯を飲まされようが、「うちの息子はやればできる」という期待は、年を取るにつれ、少しずつしぼんでいくかも知れないけど決してゼロにはならないのですから。
- あなたも感想を書いてみませんか?
- レビューンは、作品についての理解を深めることをコンセプトとしたレビューサイトです。
コンテンツをもっと楽しむための考察レビューを書けるレビュアーを大歓迎しています。 - 会員登録して感想を書く(無料)