子どもだけではなく大人にも響く珠玉のファンタジー - 愛蔵版 モモの感想

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愛蔵版 モモ

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文章力
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ストーリー
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キャラクター
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演出
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子どもだけではなく大人にも響く珠玉のファンタジー

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文章力
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ストーリー
5.0
キャラクター
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4.0
演出
4.5

目次

子どものころの豊かな想像の世界に舞い戻ることのできる、宝物のような物語

 

久しぶりにこの本を読んだ。初めて読んだのは、小学生の高学年の時だったと思う。

誰が買ったのか今となってはもう思い出せないが、この本は自宅にあった。

 

その頃の私にとって、本を読むのは最高の娯楽だった。だが、貪るように読んだ本の中でも、内容が頭に残っている本は少ない。

『モモ』は、私が忘却の彼方に追いやらなかった何冊かのうちの一冊だ。自宅にあった本なので何度も読んだというのもあるが、初めて読んだときから私はこの本のとりこになった。

 

数ある児童書の中でも、これほど色鮮やかで豊かな想像の世界へ連れて行ってくれた本はなかった。

マイスター・ホラがモモに見せた時間の花の美しさ、ベッポとジジとモモの年齢や性別の垣根を超えた友情。何も持たない小さな女の子・モモが友人たちを取り戻すために、灰色の男たちに戦いを挑む、その勇気。色褪せない素敵な世界をまた目にすることができた。

 

道路掃除夫ベッポと観光ガイドのジジが教えてくれたこと

 

モモには二人の親友がいる。道路掃除夫ベッポと観光ガイドのジジだ。

彼らはモモに語りかけながら、同時に私にいろんなことを教えてくれた。

 

長く辛い作業をしなければならないとき、私はいつも道路掃除夫ベッポの言葉を思い出す。

「つぎの一歩のことだけ、つぎのひと呼吸のことだけ。…気づいたときには全部終わっとる。」

急がず、焦らず、ゆっくり一歩一歩。学生時代の長距離走、受験勉強、退屈な仕事…。いろんな場面で、この言葉に助けられた。

 

そして口から生まれたような、観光ガイドのジジ。

彼が紡ぎ出す物語は、単なる嘘を並べたものではなく、聞いた人を幸せな気持ちにさせたり、驚きに満ちた世界に連れていったりする。想像の翼を広げ羽ばたけば、遥かなる高みに上ることができる。想像することの楽しみ、その豊かさを、私は彼から学んだ。

 

ハンサムなジジと小さいモモの年の差はどのくらいだろう。たぶん十も違わないのなら、モモが大人になったらきっと二人は結婚するはず。

結婚に憧れをいだいていた私は、モモの物語が終わったその先も空想したりした。

 

現代社会への風刺と未来への予言

 

余暇の時間でさえ、少しも無駄なく使わなくてはと考えるようになった時間貯蓄家たち。これはまさに、私たちの姿そのものだ。

休日、旅行に出かけると、行くからにはいろんな場所を見て、いろんな経験をしていろんなものを食べなければ、と時間を惜しみあちこち見てまわり、家に帰り着く頃には疲れ果てている。

 

エンデが書く物語は、子どもたちに向けながら、現代社会への風刺に満ちている。そしてそれは未来への予言ともなっている。

 

灰色の男たちの手下となってしまった左官屋の二コラは言う。

あそこでは、まっとうな左官屋の良心に反する仕事をやっている。モルタルにやたらと砂を入れすぎるのさ、これだと四、五年はもつけど、そのうちに咳をしただけでも落ちるようになる…。

 

これを読んで、2005年に世間を騒がせた耐震偽装問題を思い出した。

こういう事件が起こりうることを、エンデは予期していたのだろうか。

 

灰色の男たちに支配された世界で、必要なものは…?

 

初めてモモの物語を読んだとき、自分はぜったい灰色の男たちには騙されない。大事な時間を盗ませたりするもんかと思い、それから30年近くが過ぎた。

 

自分はいつから、灰色の男たちにからめとられてしまったのだろう。

子どもの頃は時間はいくらでもあった。どうやってその莫大な時間を過ごすかを考え、モモたちのように想像を働かせ、魔法の国の王様や王女さまになったり、ぬいぐるみたちと一緒に冒険したりした。

それがいつの間に、こんなにも一日、一週間、一年さえもあっという間に感じるようになったのだろう。

 

私たちは時間を節約することが大好きだ。時短を売りにした家電は年々バージョンアップし、通信は素早くストレスなく行われるようになり、人々の歩く速度さえ早くなっているという。

 

それなのに、私たちは節約できた時間の分、余裕のある生活をできているという実感を持てない。

なぜかいつも、時間がない、時間がないと言っている気がする。

現代にモモは、マイスター・ホラはいないのだろうか。

 

成功に近づき、金をもうけ、えらくなること

それだけじゃないはずだ、と私たちは思おうとする。勉強ばかりしていい大学に入ったって、幸せになれるとは限らない。けれど、金をもうけることや出世することよりいいことがあるのか、別の価値観を見つけられずにいる。

 

時間を節約して、気ばかり焦って、えらくならなくては、お金をもうけなくてはと追い詰められた気分になるときに、この『モモ』の物語を思い出してほしい。

今私たちがいるこの社会の価値観をくつがえすことはできない。けれど、置き去りにされた大切なことを思いだし、少しその足並みをゆるめることができるのではないだろうか。

 

子どものために書かれた童話。けれど、大人になってもう一度読み返すべき物語。『モモ』はそんな一冊だ。

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スルメのように、噛めば噛むほど小学生向けの、児童文学です。今で言う、ハリーポッターのシリーズのような冒険ファンタジーなのですが、年齢を経て読むと、物語の見える姿が違ってくる、深い命題を問いかける本でもあります。小学生のときには、ストーリーの面白さと、世界の不思議さと、灰色の男達との攻防劇に息を呑んでページをめくることでしょう。そしてまた、中学、高校生になって読み返すと、「灰色の男達」が、現実において何を象徴しているか、考えられるようになっています。何故なら、現実においても、塾や習い事に明け暮れ、多忙を極める学生達が、クラスにもたくさん出てくるからです。忙しく、疲れた顔をして、なんとなく日々を過ごし、良い大学に入れるようになんとなく目指している私たち。「それで良いの?」と内側から問いかけられていることに、気づくことでしょう。そして、大人になり、子供を育てるようになってから読むと、英語を習...この感想を読む

4.04.0
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