不倫が生み出す虚空と虚無感
不倫女の身勝手な道と振り回される男たち
ダブル不倫を題材として相当話題になったこの漫画。作者がいくえみ綾さんというだけで気になっていました。そして案の定読みだしたら絶妙すぎる心理描写に胸が打たれるのです。いつもと違うのは,それが恋愛とはまた違う不倫というまったく別のカテゴリーを描いているところでしょうか。人の気持ちや行動,表現する能力の卓越した作者さんが不倫を描くとこのような流れになるのですね。私自身も主人公には腹が立ってばかりでしたし,「なぜこんなことできてしまうの?」と苛立つことも多々ありました。どの登場人物たちも不安定かつ曖昧な気持ちを持っていて,それがまた人間らしいのかもしれないけれど,認めるにはあまりにも醜いものでした。そこには尊いものなんてないんですよね。それこそが不倫なのでしょう。不倫という行為は基本的に誰も犯罪級におかしい人だとは言えません。よくよく考えてみると,周囲にある人間関係なんてきっとこういういびつな集まりなのでしょう。
主人公の美都は2番目に好きな人と結婚すると幸せだと小さなころに占い師に言われています。確かにそんなのひどすぎますね。だって一番好きな人と結婚したいじゃないですか。しかし最初こそ反発していたものの,結果彼女は自分のことを大好きであろう渡辺涼太と結婚する道を選ぶことに。占いというか、言葉の強烈な威力を感じずにはいられません。彼女は彼がすごく優しくいい人、純粋な人であることがわかっていました。作中で美都の人物像は「思い込みが激しい」と表現されていましたが,それよりは「自分勝手で自分のことしか考えていない」というような表現が正しいのではないかなと私は思いました。恋に恋してるならまだしも,愛を見失ってる感じが非常に不愉快な女でした。
自主性のない男の気持ち
青島くんはイケメンでかわいい子だって寄ってくるのに,なぜか地味女の麗華と結婚してしまったというよりこじれた男子。高校生の時に彼女に心を乱されて,そのまま卒業してからお付き合いがスタートして結婚。高校生や大学生のときだって,かわいい子はいっぱいいたのに彼女を選んだことを疑問に感じます。他人がわからないならまだしも,彼自身もわかってないっていう未熟さにストレスを感じますね。したたかな麗華に陥れられたかわいそうな存在にも見えます。
彼は自分から誰かを大切にしようと努めたことがなかったのでしょうね。それっぽくかわいい子がアピールをしかけてきて,それがわかってしまう自分も悪い男だなーと自覚しながら,駆け引きして遊んでいる。そのこと自体が自身の価値が高いところにあると感じさせることだったのかもしれません。それでも彼女がいることで、決して一線を越えることはなかった。この感覚は確かにわからなくはないと思います。いつの間にか手のひらで転がされているのは理解しているのに,そこから抜け出すことは選べないくらい、深くアイデンティティの中に刺さっている存在なんでしょう。だから「本当にこの人のことを愛しているから結婚したのだろうか?」って考えてもしょうがないんです。誰かが引っ張ってくれなければ彼みたいな男は生きていけないのでしょう。彼が麗華とうまくいく努力をして、関係の修復に時間を割いているいる様子を見て,バカだなーっていう気持ちと,おめでとうっていう気持ちが混ざった不思議な感覚になりました。「一言で表現できない」という言葉が非常にお似合いの人物です。
簡単に割り切れるよう思いじゃない
登場人物の中では涼太が一番かわいそうでした。こんなに優しく不幸な男を見たことがありません。自分自身が地味な男だという自覚はあるけど,美都のことは誰よりもわかっているつもりで、いつも喜ばせて幸せにしてあげたいと思ってる彼。でも彼女はそのありがたみを最後の最後まで全く理解できなかった。人の考え方を変化させるということの難しさを痛感します。
ケータイを盗み見する癖がついていることを始めとして、浮気をしながらでいいから一緒に幸せになりたいなどという涼太の行動自体は非常に怖いとは思います。しかしそれも全部彼女の性格をわかったうえでの言葉なのでしょう。序盤はお互い両方とも頭がおかしいのではと思っていましたが,彼の愛は確実なんです。彼女の身勝手さなんて、おそらく誰よりも気づいていたでしょう。物語の中ではダブル不倫のことばかりだったけど,他の日常生活の面でも絶対涼太のほうが家のことも仕事もやっていたはずです。美都だけが自分のことだけ考えて結婚し、そして離婚しようとしているということに対する切なさで溢れます。女性なら耳の痛いところもあるんじゃないでしょうか。簡単に離婚できるほどの気持ちで一緒にいる場所を勝ち取ったわけじゃない。
「君は僕を見てくれなくても,今でも君をわかっているのは僕なんだと思う。ストーカーになりたいわけじゃない。大切にしたいだけなんだ」
という彼の気持ちが,ラストシーンの言葉1つ1つを表している気がしました。
許すことを選んだ二人もそれぞれの道
最終的にはお互いの伴侶を許してしまった麗華と涼太。麗華は青島くんの浮気を許してもう一度夫婦生活を始めます。青島くんは彼女がいないと自分を保てないことも学習し、本気で戻ってきてほしいと願っていました。そういう意味では、はむしろ幸運な出来事だったかもしれません。これからは絶対大事にして生きていけると信じたいと思います。また過ちを繰り返す可能性はないわけでないと思いますが、かなり痛い目を見たはずなのでしばらくはないでしょう。浮気の発覚直後に子ども連れて家を出て行った彼女はやっぱり強い女だなと思いましたが,両者がお互いをつかみきれてないまま結婚したことを本人もわかったはずです。高校生の頃の麗華は自分がしたたかなこともわかっていて,それでも彼を手放したくなかったんですよね。だからわざと揺さぶって困らせて離れられないようにしたんだと思います。それが悪かったのかもしれないって最後には何となく気づいたことでしょう。だからもう少し歩み寄ろうと決めて戻ってきてくれた気がしてなりません。
美都の幸せを想ってあっさりと離婚を選んだ涼太。二人の間にもし本当の子供がいたら何かが変わっていたのかもしれません。人間関係って許してくれる人がいなかったら,どこまでいっても終わりがないのでしょうか。
何も生み出さなかった結末から生み出される感情
最後のモノローグで「あなたのことはそれほど…」という言葉がありましたが、今思うとこれは「そんなに気にしてない」って意味だったようにとらえられます。だって不倫をして手に入ったものが何もないのですから。前と変わったことは美都と涼太が離婚したという事実のみ。いびつなもののいびつさをまざまざと見せつけ、浮き彫りになっただけのことなんですよね。結局汚いものが明るみに出ただけできれいなものなんて何もありませんでした。
誰かがどこかでついた嘘がまた別の嘘へと連鎖していくのでしょう。どこかで真正面から誠実に正しい結論をつけられたらとも思いますが、作中のこのメンツじゃ無理だろうなとも思います。変われる人間なんてそんなにたくさんいないってことがわかってしまう、私にはただただ悲しい結末だったように思えます。皆さんにはあなたのことを本気で考えてくれる人が、どれだけ周りにいるでしょうか。
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