心がざわつく、リアルな心理描写 - あなたのことはそれほどの感想

リアリティある大人の女性向け漫画

ドラマで話題になっていたので読んでみました。世間では、あなそれ、と略すそうですね。
いくえみ綾さん、名前はよくお見かけするのですが、作品を読むのは初めてでした。
特に「人でなし」だとネットで話題になっていた、有島が出産祝いで不倫中の代金を払う描写は、ドラマオリジナルだったんですね。原作でも読めるかと思っていたので、そこはちょっと残念。
絵は、さすが大人の女性向けというべきか。書き込みが異常に多いとかではないのに、どこかリアルな感じがします。登場人物の表情が真に迫っているからかな？
実際、話を読み進めていて、ああ、こういう感情わかる！ こういう人いるいる！ と共感したり納得したりするシーンが多々ありました。この辺の、感情の動きが現実的で、絵空事と思わせない細部のリアリティは、女性作家ならではの見事さだと思います。この作者の別の作品も読んでみたくなりました。
あなそれの魅力は、主要な登場人物四人全員の「人間性の欠如」にあるのではないかと思います。
と言っても、人物像が浅いとか嘘くさいという意味ではなく。むしろ、人間ってみんな、どこかしら心の大事な部品が欠けていて、その欠点がそれぞれの個性を形成していると思うんです。そういう点で、人物描写に説得力があります。こんな奴、周りにいたらイヤだな、と思うのに、同時に自分にも同じような部分がある気がしてしまう……。登場人物と同じ場面に立ったら、同じ行動を取らないとは言い切れない……。
決して他人事として読めない気持ちにさせられました。

麗華の心の中は？

あっさりと不倫をして夫への罪悪感を持たない美都、美都にストーカー的に執着する涼太、幸せそのものの家庭がありながらそれに納得しきれず美都と不倫をする有島……。全員それぞれに現実味があって、けれど空恐ろしくて、魅力的です。
そして特に人物像に深みを感じたのは、有島の妻、麗華でした。
ドラマでは、麗華役は仲里依紗さんが演じていますが、原作の麗華はどう考えても仲里依紗の外見ではないですね。強いて言えば、お笑いコンビのたんぽぽの川村さんに似てます。
麗華、美都や有島に比べて、内面の描写があってもどこか謎めいています。心の奥底の感情を抑制するのが癖になっていて、麗華自身ですら、内心で本音を言語化するのを避けているのではと思えるほど。
高校時代のエピソードからも、麗華はずっと「しっかりした子」というレッテルを、周囲に貼られ続けてきたんだな、と読み取れます。たぶん麗華自身も、そう思われていたほうが、そして自分でもそう思い込んでいたほうがラクだと思っていたのではないでしょうか。
決して可愛くなく、地味な麗華にしてみれば、感情を表に出しても共感されないし、弱味を見せれば笑われるだけ。それならば何も気にしていない振りをしていたほうが自分が傷つかない、と早くから悟っていたのでしょう。そういう自己防衛が、長年かけて、麗華の本音を心の奥底にしまいこんでしまいました。
しかし、もはや無意識レベルで押し込めてきた原始的な感情を引きずり出したのが、高校時代の有島だった、と。この点、何故有島だったのか？ と考えるのは野暮かと思います。好みって理屈がつかないものですもんね。
有島に初めてキスする直前の麗華の表情が、本当、すごい！ の一言です。
「有島君は山下美穂さんとつきあっているんですか？」
「…つきあ…ってないですけど」
に対して、食い気味の「そう！」。
この時の表情が、まるで魚類か爬虫類のような（笑）、獲物を前にしてただ無心で飛びかかるだけの、とってもいい表情なんです。それまで理性に従って生きてきた麗華が、本能を剥き出しにした瞬間。この作者さんならば、いくらでも「恋する乙女」の華やかな表情の引き出しがあるだろうに、あえての魚類顔。この顔で、私は麗華ファンになりました。キスした後のスッキリした笑顔と合わせて、ここが麗華の有島への感情の原点なのではないかと思います。
この後、麗華と有島はなんとなく付き合いが続いていくわけですが、麗華の有島への気持ちは、恋愛感情というより、肉食動物が獲物に対する気持ちのままなのでは？ と思ってしまうのは穿ち過ぎかな（笑）。
一人で病院に行った麗華を心配する有島に対してそういうところが好きだと言ってみたり、有島の内面が好きそうな描写もちゃんとあるんですけどね。でも、純粋な愛情だけではないんだろうな、と思ってしまいます。根本的には、ただ手元に置きたい欲望なのかな、と。
麗華に限らず、登場人物それぞれの恋愛感情がどこか歪んでいて、読者の心を引っ掻くのが、あなそれの良さですね。

今後の展開への期待

一方、私が麗華びいきのせいか、美都と有島、美都と涼太の関係性の描写が、少し薄く感じてしまいました。
有島と麗華のエピソードが、高校時代、大学時代──といろいろな年代の回想を交えながらしっかり描かれているのに対して、美都と有島、美都と涼太は、過去の描写が少なくて、現在進行形の描写が多いからそう思うのかもしれません。
有島が麗華を何故かずっと捨てられない自分にモヤモヤしていることも、だからこそ、再会した美都と軽率に関係を持っちゃうことも理解できるんですが、その後も不倫関係を継続していくのはどうしてなのか？ が私の中ではまだ消化できていません。
今後の展開でもっとその辺りが掘り下げられるかな？ 続刊が楽しみです。