運に左右され続ける男の人生
しがないテニスコーチから一転して
もともと実力のあるテニスプレーヤーだった主人公が、上流社会出身の生徒を受け持つことでその人生がどんどん変わっていく様が描かれている。監督はウディ・アレンだけど、個人的に初めてみるウディ・アレン作品だ。名前は有名で知っているのに、監督作品を観るのはこれが初めてというのは何となく不思議な感じがする。
主人公であるクリスを演じているのは、ジョナサン・リース・マイヤーズ。どこかで観たことがあるなと思ったのは、「ミッション・インポッシブル3」での出演だった。彼の特徴的な青い目は、今回の「マッチポイント」ではあまり目立たない。これはちょっと損しているかなと思ったところだった。
「ミッション・インポシブル3」ではそれほど印象に残らなかったのは、あまりにも偉大なシリーズであるからかもしれない。今回の「マッチポイント」は彼の出世作ではないかと思いきや、他にも有名な役どころの映画があったことが意外に思えたくらい、今回の映画での演技は印象に残るものだった。
ジョナサン・リース・マイヤーズの演技
それほどうまいと思えないのに、ハラハラさせるし目を離せなくなってしまう彼の魅力はどこにあるのだろうか。個人的にはそれほどハンサムにも思えない。どこにでもいる普通の若者の域を超えないのに、演じる役に魅力をあふれさせる。今回彼が演じたクリスは本当にそう思えた。それほど頭がよいわけでもないから完全犯罪などできうるはずもないのに、追い詰められ思い切った犯罪をしてしまう。そのような計画なしの底の浅はかな男性なのに、観客はどうしてもクリスの肩を持ってしまうと思う。その魅力を作り上げたのは、ジョナサン・リース・マイヤーズの力に他ならない。
特に老婆を殺したときの彼の演技は演技に見えないものだった。殺したことは仕方がないのだと自分を騙しながらも、手の振るえが止まらないあの様子は、鬼気迫るものがあった。また金目当ての犯行と見せかけるために金目のものをあさり盗む振りをするところは、それなりに計画的ではあるのだけど、その証拠品の処理の仕方などはずさん極まりない。もちろんそのずさんさが新たな運を呼び込むのだけど、あまりに稚拙で考えなしに見える犯行に、こちらがハラハラしてしまうくらいだった。
ジョナサン・リース・マイヤーズが演じるクリスは、思っていることがそのまま顔に出るタイプだ。ノーラに気持ちを惹かれたときも、映画館に行きたいけれどどうしたら妻に怪しまれずに言い出せるかとかその気持ちがそのまま顔にでる。それがなんともリアルで、親近感を感じてしまうのだ。
だからこそクリスの肩を持ってしまうのかもしれない。
スカーレット・ヨハンソンの美しさと危うさ
登場当初はその美しさとセクシ-さが一番に感じられた彼女だけれど、女優らしいその激しさが目立ち始めるのはもっと後のことになる。トムの婚約者でありながらクリスの気持ちにも流されてしまう彼女は、本来恋に奔放な女だったのだろうし、それはいかにもノーラらしいリアルだ。クリスとノーラが2人で昼から飲みに行って、少し酔っ払ってしまうノーラは危うさも感じさせながらも、少し化粧を落としたような素顔が垣間見える。そのギャップがなんとも可愛らしく、ここまでのノーラは完璧だった。
しかし妊娠してから彼女は態度を豹変させる。逃げ回るクリスが悪いのだけれど、ヒステリックに相手を追い詰め、怒鳴り、今までの気品はどこかにいってしまったような変わりように、こちらも息苦しくなるくらいだった。
最初こそ彼女にぞっこんだったトムさえ、あっさりと新しい恋人に鞍替えしている。母親のノーラに対する攻撃に疲れたのかもしれないけれど、もしかしたら本能的にノーラの怖さを感じていたのかもしれない。
そしてのそのようなエキセントリックながらも哀しい女性を演じたスカーレット・ヨハンセンの演技も良かった。強い女だったり弱い女だったり、それらの両方違和感なく演じているからだ。元々彼女のエキゾチックな名前はよく知っていたけれど、ちゃんとした演技を見たことがなかった。ので今回のこの映画が初めてなのだけれど、もっと他の役も見てみたいと思った女優だった。
「罪と罰」との類似点
クリスの殺しのやり方はどこかしらドフトエフスキーの「罪と罰」を思い出させた。金貸しの老婆を殺し、ついでにその姉も殺してしまうその雑なやり方は、警察に捕まらない方が不思議なくらいだった(警察の無能ぶりも今回とよく似ている)。今回の「マッチポイント」では殺すべき相手がノーラだったから、ノーラが“金貸しの老婆”で、“巻き添えの姉”が隣の親切な老婆だったのだろうか。ストーリーの中でクリスが「罪と罰」を読んでいるシーンがあったからか、それくらい当てはまる場面だった。
普通人を殺した犯人は、小説であれ映画であれ早く捕まればいいのにと思ってしまうものだけど(「罪と罰」のラスコーリニコフにも同じ思いを抱いた。反面幸せにもなってほしいとも思ったけれど)、今回のクリスに対しては早く捕まればいいと思う反面、なぜか味方になってしまうところがあった。
これが個人的には不思議で、これはもしかしたらジョナサン・リース・マイヤーズの力なのかなと思ったところだった。
破滅に向かっていくクリスとノーラ
蜜月期間は短いながらとても幸せそうだった。浮気だろうが不倫だろうが、本人たちは本気の恋だったのだろう。ただ隠さなければならない恋という自覚があまりにもなさそうなのが、少し気になった。カフェでもあっさり窓際に座るところとか、朝ごはんを食べずに仕事のために早めにいそいそと出るという嘘が見え見えの行動とか(これが水曜日というのが、本木雅弘と天海祐希のドラマ「水曜日の情事」を思い出させて、個人的には少し楽しめたのだけれど)、あまりにも危機感のなさがひどすぎて気になったところだ。
妊娠が分かったあとのノーラを避け続けるクリスと彼女の鬼気迫るヒステリックさとかは、どう転んでも幸せには終わらないだろうなと予感させた。双方ともあの演技は素晴らしいと思う。本当に憎みあっているように見えた。
反面クリスの妻であるクロエののんびりさ加減は好感が持てた。いかにもお嬢様然としたおっとりさは、クリスもだからこそ浮気が出来たのかもしれない。だけれど所々、説明はできないけれど、なにか感じているようなところがある。女性の勘のようなものを見せるクロエは最後までクリスを問い詰めることはなかったけれど、本心はどうだったのかわからない。隠れた名演技だと思う。
音楽もなくワンカットの長さが印象的
クロエとクリスが映画に出かけるかどうかとか、ノーラとクリスがカフェで飲んでいるところとか、美術館での会話とか、ワンカットがとても長いところがある。長ければ長いほど、その場に同席しているような、妙な臨場感がある。そういうロングのカットがある映画はとても好きだ。また挿入される音楽とか効果音というものがほとんどなく、それもこの映画の良さをひきあげているところだと思う。
ラストシーンのクリスが捕まるのは目前と思いきや、証拠の指輪をずさんに捨てたことで逆に運に味方される終わり方も、きちんと伏線を回収していて気持ちがよい。
ただ、タイトルの「マッチポイント」は、いささか軽すぎるように思う。確かにテーマは“運に左右される”ということだし、負けたら終わりという意味でもあってるし、その上原題邦題ともこのタイトルなのでどうしようもないけれど、もうちょっと何かあったのではないかと思ったりもした。
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