珍しい観光名所を扱ったミステリー - 銭形砂絵殺人事件の感想

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銭形砂絵殺人事件

4.204.20
文章力
4.00
ストーリー
4.50
キャラクター
4.00
設定
4.00
演出
4.00
感想数
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珍しい観光名所を扱ったミステリー

4.24.2
文章力
4.0
ストーリー
4.5
キャラクター
4.0
設定
4.0
演出
4.0

目次

銭形砂絵にびっくり、もっと知られてよい名所

この本を読むまで、銭形砂絵という観光名所を知らなかったという人も多いのではないか。事件の舞台である香川県観音寺市にある砂絵で、江戸時代の通貨である寛永通宝を表したものである。

祥伝社の文庫の表紙や、冒頭にある著者自らが撮影した砂絵の写真を見ると、かなりの規模、作中の説明によれば縦122メートル、横90メートルもある、楕円の立体的な砂絵である。

東海以東の人には知名度がないという事だが、全くその通りであり、これだけの珍名所であるにもかかわらず、東海以東どころか、関西在住者でも知らない人がいるのでは、と思うほど話題にならない。

当然四国やその周辺では知名度がある観光地だと思われるが、これだけの規模の砂絵は余りに珍しく、もっと世に知られてもいいのではないだろうか。沢山のミステリーを読んできたが、銭形砂絵を舞台にしたミステリーも、この和久氏の作品以外では見たことがない。

そのせいか、和久氏は砂絵の説明にかなりのページ数を使っている。赤かぶ検事と近藤警部補が砂絵を見物し、近藤警部補が砂絵についての説明をするシーンだけで、冒頭13ページも使われている。

しかも、砂絵に異常があるのでは?と二人が異常を確認してから人血らしきものを発見するまで、さらに8ページ、創作中にも砂絵の構造がふんだんに描かれている。

先の展開を知りたい人には、旅情より事件を知りたいと、焦りと共に情景描写にストーリーのペースダウンを感じる人もあるかもしれない。しかし、この作品に限っては、これだけの名所をもっと世に知ってほしいという、和久氏の願いが込められているようにも感じる。

「古い通貨」がミステリーの鍵に

近藤警部補は人血が見つかった砂絵付近で、ピラーダラーという世界的にも珍しいスペイン銀貨を拾うが、このコレクターにも珍重されている珍しい銀貨が、犯人像をあぶりだす鍵になっている。単に銭形砂絵という日本の古銭を模した名所で起きた事件というだけではなく、外国の古い通貨をも重要な小物にすることで、古い通貨をキーワードにしている点がユニークである。

同時に、このミステリーを読むだけで、寛永通宝やピラーダラーなど、古銭に興味のない人には通常学ぶこともないであろう知識も習得できるという、雑学的要素がある。

銭形砂絵殺人事件に限ったことではないが、和久氏の作品はカメラの知識だとか、事件が起きた土地の歴史だとか、雑学を学べる作品がかなり多く、またその雑学に事件の鍵があることも多い。

和久氏の多岐にわたる知識の豊富さと、それをミステリーにしてしまう才能には驚くばかりだ。

法的見解の言い争いが見事

和久氏の作品は、司法試験の受験生や、法律を学ぶ人の間でもよく読まれているらしい。それもそのはずで、和久氏自身が弁護士資格を持つ作家なのだ。赤かぶ検事と弁護士の熾烈な法廷での言い争いや、行天燎子警部補への赤かぶ検事の法の解釈の説明などは、まさしくベテラン検事の見解そのもの、素人が生半可な知識では書けないのでは?と思うほど勉強になる。

多くの和久氏の他作品はもちろんだが、この銭形砂絵殺人事件においては、いつもの赤かぶ検事のレクチャーのみにとどまらない。事件に関し任意出頭を求めた、森本美和子と行天燎子警部補との、遺産相続に関する法解釈のバトルが見ものなのだ。

森本美和子の知識も生半可ではなく、行天燎子警部補は赤かぶ検事のレクチャー虚しく法解釈バトルに敗北してしまう。法の例外規定や詳細に相当熟知していないと描けない展開である。このバトルは実に12ページ半にも及ぶ。法を学ぶ教科書としても優れており、何より法に興味がない人にもわかりやすく、ミステリーにかかわる重大情報として読みやすく書かれている点が素晴らしい。

赤かぶ検事はセクハラギリギリ!?

赤かぶ検事がなんだかんだで行天燎子警部補の美貌にドギマギさせられているのは、シリーズを通じて有名である。堅物そうで仕事熱心な男性も、仕事中に本当にどうしようもない妄想をしているものだということがかなり正直に描かれている。

行天燎子警部補のすらっとした足、などの描写もそうだし、本作ではあまり見られなかったが、他作品では行天燎子警部補が話始めるシーンになると、形の良い唇を開く、という、若干エロティックな描写が目に付く。

行天燎子警部補は年下で階級も下の旦那がいる既婚者であるが、赤かぶ検事は彼女たちの夜の営みを妄想したり、この作中でも行天燎子警部補自らが、そういった赤かぶ検事の性分をわかってか、自ら赤かぶ検事に「夜のご心配は無用」と言わんばかりのきわどい冗談を言ってのける。

並々ならぬ信頼関係ありきだからこそのジョークであるが、いちいちセクハラだと嫌悪感を示さず悪気がないものとして下ネタもあしらえる関係は、羨ましいと思う反面、この二人の関係だからこそとも思える。

双子、犬の訓練、あらゆる要素がてんこ盛り

一卵性双生児という他人には見分けがつきにくい姉妹の存在や、優秀なシェパード犬のしつけ、遺産問題と、割と早々から犯人はこの人では?と察しはつくものの、どういうからくりでこういう事件になっているのかというトリックに、色んな要素が放り込まれていて最後まで飽きずに読める。

旅情あり、趣味あり、法知識あり、日常の雑学ありと、単なるミステリーにとどまらない、知識本とも言えるだろう。

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