スティーブン・キングの今までにないイメージの作品 - ブルックリンの八月の感想

理解が深まる小説レビューサイト

小説レビュー数 3,125件

ブルックリンの八月

3.003.00
文章力
3.50
ストーリー
2.50
キャラクター
2.00
設定
2.00
演出
2.00
感想数
1
読んだ人
1

スティーブン・キングの今までにないイメージの作品

3.03.0
文章力
3.5
ストーリー
2.5
キャラクター
2.0
設定
2.0
演出
2.0

目次

今まで読んだことのない印象の6作

今まで数々のスティーブン・キングの作品を読んできたけれど、今回に収められている6作のような印象の作品は読んだことがない。「第五の男」なら少し映画「ショーシャンク」を思い出させなくもないけれど、推理小説めいたものやハードボイルド的なものは今までなかったと思う。だからというわけではないけれど、スティーブン・キングの良さというものが若干半減しているような気がしないでもない。キングを読みたくてこれを手にとってしまうと、がっかりしてしまうのではないかという感じだ。もちろんこれは好みでもあり、彼自身の文章が悪いというわけではない。しかし読み始めるとその印象が中々新鮮で、結局最後まで読んでしまったという作品だ。

ギャングと引き裂かれた4つの地図

現金輸送車を襲った男たちが、恐らく登録されているだろうその奪ったお金が使えるようになるまで、ある場所にそれを隠しその隠し場所を書いた地図を4つに割いて、それぞれが10年後に出会うことを約束する。ギャング同士でそもそもこのような約束が守られるはずもなく、案の定グループは破綻をきたし、最も頭の悪い一人が殺害されて地図を奪われてしまう。その殺された一人は頭は悪いけれども決して人が悪いわけでなく、愛されるべき存在だったため復讐をくわだててきたのがこの「第五の男」である。
この殺された愛すべき男とはショーシャンクで知り合ったというこの男が親友のために立ち上がった、というハードボイルド的な展開はスティーブン・キングの作品の中では少し趣きの違うものでありながらも、このようなストーリーを書けるのはさすがという他ない。ラストはいささか想像の域を超えないものであったものの、ハードボイルドであればいわゆる“ベタ”な展開もぴったりといわざるを得なく、個人的には気に入っている話のひとつだ。
もしかしたら、これは日本人好みの話かもしれない。

野球好きでないと楽しめないかも「ヘッド・ダウン」

スティーブン・キング自身大変な野球ファンであることを示すようなこの作品は、彼の野球愛(余談だけれど、日本の野球とアメリカのベースボールは同じ球技でありながら、どこか違うような気がする)に満ち溢れた作品となっている。だから大リーグ好きの人間が読むときっと面白いのだろうと思う。しかしながら私は野球と名のつくものは日本のものでもアメリカのものでも興味がない。従って知識もないため、まったく話に入り込めない話だった。チーム名やら選手名やらたくさん出てくるのはファンなら垂涎ものかもしれないが、興味がないと全く文章が頭に入ってこないのだ。
スティーブン・キングの他の作品で「トム・ゴードンに恋した少女」というのがある。森林公園で遭難してしまった少女の話で、主人公である女の子は根っからのレッドソックスファンで、そのチームのトム・ゴードンという選手に熱をあげている。その様はとても微笑ましかったし、時にはいる野球中継の描写もちゃんと頭にはいってきた。その上、トムゴードンたる選手にさえ、感情移入してしまったくらいだ。そしてそれが証拠にこの作品は、スティーブン・キングの作品の中で私が最も気に入っているもののひとつでもある。この二つの違いは、野球がテーマかそうでないかの違いだけだ。ストーリーが興味がもてて、その中で野球がスパイス的アクセントで用いられている分には全く気にならないけれど、野球そのものがテーマになるとたちまち文章が目に入らなくなってしまう。
この作品は、やはり私は野球が心から好きではないんだなあと再確認した作品だった。

スティーブン・キングの推理小説

シャーロック・ホームズとワトソン君の推理小説は誰でも知る古典の名作だろう。今回はその名作を巨匠がオマージュした形だが、スティーブン・キングが推理小説を書いたのを私は読んだことがない。にもかかわらず、たちまち読み手をストーリーに引き込む展開は巨匠の表現力の幅の広さを思い知らされる。
内容はジョン・グリシャムの「テスタメント」を思い出させる話ではあるが、富豪の男の憎たらしさや人の器の狭さをこれでもかとスティーブ・キング独特の表現で書かれているところは、いかにも彼らしい作品だ。
軽快なストーリー展開はもちろん、キングホラーとはまた違う、こういう文章も書くんだという驚きも感じることができた作品だった。

意外な結末「アムニー最後の事件」

フィリップ・マーロウ的ハードボイルドな探偵の日常がどこか狂い始めていき、意外な結末を迎えるこの話はどこかしら哀しみを湛えながらも、主人公アムニーがただでは倒れない執念深さがスティーブン・キングらしい雰囲気に仕上がっている。
実在していると思い込んでいる自分が実は小説の登場人物で、自分が考えること、言うこと、全てはあらかじめ作られたものであるこということにに気づいたアムニーの、自分が立っている地面がいきなり抜けたような愕然とした様子はキング独特の映像的な描写で、まるで映画を観ているようだった。
主人公が実は小説の登場人物だったというテーマで思い出すのは、映画「主人公は僕だった」だ。あれはこの「アムニー最後の事件」に比べるといささかコメディ要素が強いけれど、それでも主人公の自分の存在理由が否定されたかのあの心情は、見ていて十分感情移入してしまうものだった。
アムニーも自分のいわゆる“創造主”と出会い、頭からそのことを信用しようとはしなかったけれど、疑いようのない事実をつきつけられ黙りこんでいく様は少し残酷なイメージさえあった。
自分が小説の登場人物だったという意外な結末とまた別に、今度は“創造主”である作者が現実から逃れたいばかりに自分が小説の世界に入りたいという展開は、大どんでん返しの大どんでん返しで、巨匠に引っ張りまわされた感じがした。
現実世界に送還されたアムニーは、自分のいた仮想世界に戻ることができたのだろうか。その先も読みたいと思わせてくれる作品だった。

初めて読んだスティーブン・キングの詩

「ブルックリンの8月」は思いがけないことに、詩だった。スティーブン・キングの詩は初めて読んだ。テーマはこれも野球なのだけど、この詩は詩という形態がそうさせるのか、すんなりと文章が頭に入ってきてすんなりと情景が頭に浮かんだ。
ブルックリンにある球場で繰り広げられるゲームの様が生き生きと描写されており、またグラウンドの緑がライトで色鮮やかに浮かんでいる様子とか、選手に投げつけられたラージカップとかそういったものが目に浮かぶような描写だった。
しかもその全てが実は回想ということに、どこか懐かしさと、もうそれを見ることが適わないようななにかしらの切ない理由を感じさせた。
詩でありながら、他の作品に全く負けていない(個人的には「ヘッド・ダウン」よりもかなり上だ)。忘れられないような情景が情感たっぷりに描かれたこの作品に、自分の懐かしい思い出などを思い出してしまった。

神々の語らいを描いた「乞食とダイヤモンド」

この作品は元々ヒンズー教の寓話をアレンジしたものらしい。物語の舞台もインドで、いつものスティーブン・キングの作品とは一風変わった仕上がりとなっている。この「ヘッド・ダウン」の中に収められた短編の中でも一番短く(もちろん詩は除いてだが)、しかしながらその短い物語の中できちんと世界観が成り立っているのは、彼の手腕に他ならない。
そのヒンズー教の寓話を知っていれば、どうアレンジしたのかもわかって倍楽しめたかもしれないが、私の知っているのはガネーシャが生まれた経緯くらいで、少し残念だった。
とはいえその寓話を知らなくてもこの話はちゃんと完結しているので、読み終わったあとは少し考えさせられた話でもある。

スティーブン・キングの力の幅を思い知らされた作品

この「ヘッド・ダウン」は、今まで読んだことのないキング作品でほぼ全部が占められており、新しい彼の世界を楽しむことができる。今まで多くのキング作品を読んだと自負していたけれど、全くまだまだだったと少し恥ずかしい思いさえした。
前述したように、彼のホラーを楽しみたいと思ってこれを手に取るといささかがっかりするかもしれない。しかし、これはこれでまたもう一度読みたくなるだろうなと思った作品だった。

あなたも感想を書いてみませんか?
レビューンは、作品についての理解を深めることをコンセプトとしたレビューサイトです。
コンテンツをもっと楽しむための考察レビューを書けるレビュアーを大歓迎しています。
会員登録して感想を書く(無料)

関連するタグ

ブルックリンの八月を読んだ人はこんな小説も読んでいます

ブルックリンの八月が好きな人におすすめの小説

ページの先頭へ