人の命を奪わないために奪わなければならないモノ - ヨルムンガンドの感想

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ヨルムンガンド

4.504.50
画力
3.50
ストーリー
3.83
キャラクター
4.17
設定
4.33
演出
4.00
感想数
3
読んだ人
5

人の命を奪わないために奪わなければならないモノ

4.54.5
画力
3.0
ストーリー
4.0
キャラクター
3.5
設定
4.0
演出
3.5

目次

3巻くらいまで我慢して読むべし

スタートの時点で、いきなりヨナとココが出会っていて、武器商人としての仕事が始まっている。その唐突さと、お笑いっぽく仕上げたセリフとキャラクターたちの動きがいびつすぎて、これは失敗したか…?というとっかかりだった。第1巻の時点では全然その面白さが分からないと思う。徐々に、ヨナが戦地に生きる以外に術がないにもかかわらず武器が憎くてたまらないこと、愛に飢えているからこそ与えようとできること、そしてココが武器をなくすために武器を売りさばいていることなど…わかってくるとワクワクしてくる。おふざけシーンは下手すぎてむしろ笑える。

11つの商談、武器商人としての仕事が、ヨナの心を成長させ、仲間の結束も高めていく。それはあたたかく、ミッションコンプリートの時点で笑顔も生まれるので、いい話やなーと思える。だけど、武器を憎むからこそ捨てたいヨナと、武器を憎むからこそ利用し犠牲を払って根本から消し去ろうとするココは、格が違いすぎて、心が痛かった。ヨナは憎むからこそ捨てて、逃げたいだけだった。でもココは、根本から消し去るための方法を着実に考えて、発動させるためにすべてをささげていた。その時点で、たとえココの方法が正しくないとしても、ヨナはココのもとに戻ってくるしかなかったと言えるだろう。覚悟と費やした時間・お金・精神、すべてが違いすぎる。ココは、決して人殺しを楽しんでいたわけじゃない。その先にある、ヨルムンガンド計画の成功だけを見つめていたからこそ、途中経過の屍は簡単に越えていくことができた。

武器を作る人間・売る人間・使う人間

戦争をするのは国と国であり、武器には目が向かないことが多い。だけど、武器商人という立場に目を向けた時、こんな攻防が繰り広げられているのかも…って思うとより広い視点で戦争について考えることができるよね。

たいていは、自分が生きている国を正当化したいし、相手の国のことは敵と考えたい。それ以外を考えたら、きっと人殺しなんてできなくなる。自分が信じられるものしか信じられないから、大義を貫いて死にたいと願う。おそらくはどちらも幸せでありたいと思っただけだろうし、一握りの人間によってつくられた罪なのだから、国が違うことを傷つけていい理由にしてはならないはずだ。

だから、「武器商人」という立場は本当におもしろいよね。面白いって言うと不謹慎なんだけど、どちらにも属さず、必要とする人間に武器を届けて、報酬をもらって…この存在はどちらに味方するかとか、あんまり関係ないじゃない。お金をもらえれば武器を渡すし、渡さないこともできる。勝たせたい国のほうに多く流すこともできるし、重要なポジションだからこそ、命を狙われたりもして…案外、一番忙しいポジションが「武器商人」だと思う。どちらの側からも求められるから、武器を失くすヨルムンガンド計画のためにもこのポジションは譲れなかっただろうね。根本をつぶすには、より強い武器を持つよりも、武器を持たせないほうが絶対に有利だ。ココがどんだけ頭がいいかがわかる。「殺しの連鎖を断つための方法が、武器を捨てることではなくて完膚なきまでにぶっ殺すことだ」と結論づけられてしまったことは悲しいけれど、たぶん、もうそうする以外に止まるものじゃないんだよね…部外者からしたら勝手にどうぞって思うけど、当事者からしたら苦しすぎる。

ヨナがヨルムンガンド計画を選ぶまで

ヨナは、少年兵として武器を取り、傷つけようとする大人たちを殺してきた。自分が生きるために、たくさんの人を銃で撃ち殺した。なのに、彼はまだ汚れてはいないと思っていた。自分を拾ってくれた、ココを守るためであり、温かな生きる場所をつくってくれた仲間を守るために武器をとったから、それは許されると思っていた。同じくらいの年代の子どもなら、たとえ敵国であろうと逃がしてきたし、汚れているのは大人だと思ってきた…そんなヨナがかわいそうで、苦しいね。正しい事だと正当化して人殺しができるのが戦争であり、それを誰もが責められないのが戦争。だけど恨みは積もり積もっていき、もはや終わらせる方法もわからなくなる。だけど、いっちょ前に自分や自分が信じる人間は正しいを思いこんでいて、ココのヨルムンガンド計画は間違っていると言いたくなった…彼はとても子どもだった。

70万人の命の代わりに世界平和を達成する。それがヨルムンガンド計画の全貌であり、ココの悲願。ヨナは悪い人間だけを殺すのだと思っていた。でも戦争を終わらせる手段は、それではおさまらないのだと、キャスパーとの2年間で知ることとなる。そこにあるのは終わりなき憎悪の繰り返しと、むごい惨劇だけだ。ヨナは、守っているつもりで、守られていたと知る。成長したのちに、ヨナにとっても、ヨルムンガンド計画以外に、活路はないという結論に至ったことは、実にリアルというか、ちゃんと甘くない現実をみせてくれている気がした。

矛盾のかたまりのくせに自己防衛がご立派

何かを得るには多大な犠牲を払うしかない。これは真理だろうと思う。小さなところで言うと、現代社会では、欲しいものがあればお金で買うしかないし、お金を手に入れるにはお金を生み出す労働をしなくてはならない。何かを得るために時間を使い、そうやってずっと等価交換してきたのである。人の命だけは取り換えてはならないだろうと昔から教えられてきたし、愛情はどんな人にも・モノにも向けられるものであると信じた。だからこそ人間はあたたかく、優しく、素敵な存在であると。でも…どうだろうね。結局、誰かが死んで、勝利した先にある安全は、誰の安全なんだろうって思うよね。一握りの鶴の一声で始まり、傷つくのは多くのサラリーマンで、得をするのは社長だけ。どこにも、何にも還元されないもののために、がんばる意味って何だろう。そして、誰かを守るために、誰かを殺すことは正しいのか?悪とはなにかもわからぬまま、かたく悪だと決めつけて、それを打つ。矛盾していても、感情が止められないのだ。

だからね、「私たちは武器を持ちません」と決めた日本ってさ…けっこうすごいと思うんだよね。戦争には直接参加しないと宣言し、傷ついた人を救うことだけをしますと言う。…かっこよくない?昔の日本、どんだけカッケーんだよ。平和ボケしたっていいじゃない、それで誰かを救えるなら。守るためにしか軍事力を持たないことが、どれだけすごいかって、こういう戦争系の漫画を読むとものすごく感じるよ。守って何が悪い。死を恐れて何が悪い。どれだけ勇気のいる決断だったか、しみじみ考えてしまったわ。

血みどろの闘いの果てに

2年間、ヨナはキャスパーのもとで戦争の現実を知る。そして、ココのヨルムンガンド計画がヒカリであると考えるしかなくなっていった。そして、スイッチがついに押されるときがくる…。

その後の世界がどうなってしまったのか、それはまったくわからない。果たして世は平和になっただろうか?それとも、すべてが滅亡してしまうくらいの、何かが起きてしまっただろうか?ヨナとココは生きているだろうか…?この漫画は、ヨルムンガンド計画を受け入れざるを得なかった時代の、悲しい少年の決意の物語。誰かが答えを教えてくれるわけじゃない。どこかへ導いてくれるわけでもない。自分でつかみとっていくしかない。ヨナは笑顔で決断する。でもそれは、読者にとってはあまりにも悲しい事であった…。

雑だなーと思ったギャグも、終盤には癒しに変わった。バトルシーンの激しさは、なかなか切迫感があってよかったよ。結末があいまいにされたことは悲しいけれど、それくらい、どうしたらいいかわからないのが戦争なんだよ。それだけは忘れずにいたいし、武器を持つ勇気と持たない勇気について、ずっと考えていきたい。

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他のレビュアーの感想・評価

じわじわおもしろくなってくる戦争への問題提起

はじめは全然おもしろくない1巻を読み始めてみた当初は、全然おもしろくないんですよ。よくわからないが、ヨナという戦地に生きるしかない少年を、武器商人として世界中を飛び回り武器を売りさばくココが拾い、一緒に生きていこうとするわけです。恋人とかそういうのではなくて、人間として、お互いを気に入っていく。様々な商談があり、1つ1つ、常に命の危険にさらされている仕事。うまくいっても、決裂しても、どちらにしても殺し合いをしています。ココの仲間の素性も知れないし、これ最後まで読めるんだろうか…?って不安でしたよ。画もうまいんだか下手なんだか…という気がしてなりませんでした。ところが…3巻くらいから、妙に楽しくなってきます。大きくは、「戦争というものに対しての反乱がこれから起こることが予期できた」ということと、「ヨナとココたちが家族になっていく様子に温かみが感じられた」ことの2つが大きかったと思っています。武...この感想を読む

4.54.5
  • betrayerbetrayer
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