恋に生き、恋に殉じた女を憂愁の恋歌にのせて描いた質の高いメロドラマの佳作 「リリー・マルレーン」 - リリー・マルレーンの感想

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恋に生き、恋に殉じた女を憂愁の恋歌にのせて描いた質の高いメロドラマの佳作 「リリー・マルレーン」

4.04.0
映像
4.0
脚本
4.0
キャスト
4.5
音楽
4.0
演出
4.0

第二次世界大戦のある時期、ナチス・ドイツ軍占領下のユーゴスラヴィアの首都・ベオグラード放送局から、毎夜21時57分になると、ヨーロッパ戦線の兵士慰問のため、「リリー・マルレーン」という曲が流された。

兵舎の前で別れた、愛しい恋人リリー・マルレーンを、熱い思いで偲ぶこの憂愁の恋歌は、たちまちにしてドイツ軍ばかりか、連合国軍兵士たちの心をもとらえた。それは国境を越え、敵と味方の区別なく、兵士という兵士の魂にしみいる、"愛と望郷の歌"であった。そして、これを歌ったのが、当時無名の新人で、だがこの一曲で一躍"国民歌手"となった、ララ・アンデルセン。

一つの歌を、命の限り歌い、そして消えていった女。戦場の全兵士を慰めて、だが心は、一筋わが恋人を追い求めた女。たとえナチスに利用されようと、抹殺されようと、時代が変わろうと戦争に巻き込まれようと、恋のみに生きて恋に殉じた女。そうした激烈なヒロインを、ハンナ・シグラが演じます。

ナチス支配下のドイツ。主人公ビリーの歌う"リリー・マルレーン"は、敵味方双方の兵士から、愛唱され大人気となります。しかし、ユダヤ人の恋人は、彼女をナチスのマスコットだと非難するのです。

ある女の、必死でしたたかで純情な生きざまを、第二次世界大戦後の西ドイツの復興史と重ね合わせた「マリア・ブラウンの結婚」は、鮮烈な面白さだったが、この映画「リリー・マルレーン」も同じくライナー・ヴェルナー・ファスビンダー監督とハンナ・シグラ主演のコンビで、実在したララ・アンデルセンの自伝をもとに、戦時下に生きる女の心の情熱と葛藤を描いた作品なのです。

とにかく面白い。なんて濃厚で巧妙で、質の高い"通俗"メロドラマだろう。堪能させられる。ウーンと、唸ってしまう。本当に心憎いほど心得た、曲者・鬼才ですよ、ファスビンダー監督は-------。

ララ・アンデルセンは、ドラマの中でスイス在住のドイツ娘、ナイト・クラブの歌手のビリーとして登場します。同じく、チューリッヒに住む大富豪の息子で、売れない音楽家ロバート(ジャンカルロ・ジャンニーニ)と激しい恋に落ちるのです。

彼がユダヤ人であること、また父親(メル・フェラー)の命令でユダヤ人援護の地下組織に協力していることを、ビリーが知るのは、対戦前夜のことであった。「あたしはドイツ人よ、純粋アーリア人よ。だから大丈夫、あたしがあなたを守ってあげる」と、彼女は彼にも自分自身にも誓うのだった。

彼の父親に、結婚を許されず、けれど組織と息子の保全のために、利用されるだけはされて、結局は仲を引き裂かれ、第二次世界大戦への突入によって、二人は会うことも叶わなくなる。女はドイツへ、男はスイスに-------。

やがて彼女は、ヒットラーお気に入りの「リリー・マルレーン」を歌い、兵士の恋人となり、栄躍栄華の最高の人気歌手になるのだが、時めくゲッペルス宣伝相の腹心、ヘンケル大佐の横恋慕を拒みつつ、思いは離れたロバートに捧げるのであった。

まさしく開戦前夜、彼女がレコードの吹き込みに疲れ果てた白々とした夜明けに、潜行のロバートと再会し抱擁する、つかの間の歓喜。さらに戦時下ベルリンでの、互いに命がけの、無謀なまでの逢いびき。その危険な陶酔-------。

捕らわれた男に、女の歌声が鳴り響く拷問と、そして男のために組織への協力を果たし、責められる身となる女。その二人が、ゲシュタポの手で対面させられる場面や、再び歌うことを強制された女が、重病の床で、彼との電話を許されるシーンも、面映ゆさを超越して、盛り上げ引き込む、正々堂々たるメロドラマ調だ。「あなた、生きてたのね、あたしも元気よ、ほんとよ」----泣かせるのだ。

後段のクライマックスで、病をおして、濃い化粧にやつれ顔を隠して、ビリーは絢爛の大ステージで歌います。熱狂の、満員の兵士たちを前に、だが彼女が歌うのは、生きていたあの人のため、ただひとり恋しいロバートのためなのです。

そしてラスト、今は成功した指揮者の彼との再会に、妻がいることを知って、言葉もなく去って行く、その幕切れまで、ハンナ・シグラは、波乱の半生をたどりながら、一つの愛を守り続け、約束通りに男を守った女を、愛おしく、したたかに、純情に演じきるのです。

前夫と言おうか、元愛人のファスビンダー監督と組んで、常に強烈なヒロイン像を入魂の演技で表現し、まったく女優冥利につきる女優だなと思います。相手役の名優ジャンカルロ・ジャンニーニの、いつもながらの影のあるダメ男ぶりの演技には感心させられる。同胞救護組織を手伝いながら、決して隠れた英雄ではなかった、ファザー・コンプレックスの気弱で、享楽的で、恋にのめり込んだ男の、うるんだ瞳は魅惑的だ。

ロバートの妻となる、かつての清純派女優だったクリスチーネ・カウフマンの年増ぶりには驚かされる。そして、ナチスのヘンケル大佐を演じたカール・ハインツ・フォン・ハッセルがのぞかせる残酷さも、非常に印象に残る演技であったと思います。

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