悔しくてたまらなくなる歴史大作
自由ではなかった時代が憎い
亜姫を殺したのは、間違いなく時代だ。
亜姫の一番近くにて、見守り続けた女性が亜姫を殺す。殺してほしいと亜姫が頼んだからだ。その罪を誰かがとがめるかもしれないが、亜姫はきっと喜んでいる。彼女は早くこの時代を通り過ぎて、薄星のもとへ行きたかったと思うから。
彼女はただ薄星と生きていきたかっただけだった。だけど、血筋がそれを許してはくれず、逃げることを自分でも選択できなかった。その道の先に薄星と幸せに生きていくことのできる時代がやってくるのかどうかわからない。それでも、母親の名誉のため、青徹という母親を知る師のため、彼女はやり遂げようと誓うのである。薄星も、そこに亜姫がいる限り、共に生きていく道を望む。
できることなら、10代後半のちょうどいい年代で止まってくれたらよかった。身分なんか捨てて、薄星と一緒に逃げてほしかった。この時代だからこそ、ひっそり生きていくことだってできないわけじゃなかったはず。薄星と亜姫はお互いの気持ちを知っていて思いあっていながらも、志と天秤にかけて、自分の事よりも他人のためにがんばっていく。私にはその意志がまぶしすぎて、正しすぎて、目をそむけたくなるくらいだった。そうやって昔の人が我慢して選択したものがたくさんあって、今の私たちの自由があるのかもしれないと思うと、せつない気持ちを通り越して、なんだか心が痛くなる。
幼いころから、亜姫は薄星を手放す気はなかったし、薄星は亜姫のそばから離れる気はなかった。戦争というむごいものを経験させられてもなお、やっぱり愛する人と一緒に生きたいと願った。…2人ともカッコいいね。そんな自己犠牲で生きている人が今の時代にどれくらいいるんだろう?必要とされる人のために頑張りたいと思って行動できる人が、この世に何人いるだろうか?楽をすることばかり覚えて、自分の幸せのために生きていくようになって…叶うことも増えただろうが、失うものも増えたのかもしれない。
気品ある亜姫のリーダーシップ
さすがは女王。何にも屈せず、立ち向かっていく亜姫は本当にかっこよかった。母のために生き、死後もその名誉のために生き、そして最後には国のために生きることになる。優しく、芯があり、美しい。そりゃー誰も手放したくはないはず。見た目だけじゃなく、頭の回転の速さ、知識量など、女性だってやればできる!って気持ちにさせてくれるね。弱い部分は青徹と薄星だけが知っていた。
お前だけは私の手の中にある
薄星が亜姫との身分の違いに悩むとき、必ず亜姫は薄星の欲しい言葉をくれるのである。自分たちだけが幸せになる道ではなく、これからの人が幸せに生きていける世をつくるために戦争をする。それが正しいのかどうかは置いといて、その決断ができるのがすごい。亜姫の心には、もちろん薄星がいるけれど、母のこと、青徹のことがずっと在り続ける。自分を大切にしてくれた人たちの想いに応えようとストイックに頑張れるって、無敵なんだよね。それが持てるかどうかが、偉大な存在になれるかどうかなんじゃないかな。
そんな強い亜姫を支え続けた薄星の悩み。本当に心苦しかった。大好きな亜姫のことを支えたい気持ちに嘘偽りはないけれど、何も考えず、毎日を過ごしていく、平凡な生活がほしいというのが薄星の本当の気持ちだったはず。空っぽになって人形になったっていいから、そんな亜姫すらも愛していけるから、2人でどこかへ行きたい…彼の想いが遂げられることなく、戦争に散っていったことを考えると、もう絶対に、戦争なんかやってほしくないよね。そうやって悲しむ人が、死んだ人の数だけあるはずなんだ。
悲しみを背負って成長していく
この漫画は本当に長いお話。亜姫と薄星が子どもだったときから始まり、少しずつ身も心も成長し、強くなっていく。大切な人の死を経験して、復讐に燃えることでしか、生きる活力を得られなかったことは悲しい。だけど、そういうどうしてもやり遂げたいと思う気持ちがあってこそ、人間は生きていけるんだと思う。
亜姫は美しく、薄星は男らしく、でもお互いを大切に想う気持ちには子どものころから変わりがない。ただ、それを簡単に口にすることはできなくなっていて、それを誰も許してはくれなかった。彼らの恋路は、全部捨ててしまえ!と言えるほど軽いものではなく、本当に時代が憎すぎる。でも、そういう「欲しいものを我慢してでも幸せにしてやりたい人がいる」という気持ちのおかげで、彼らはお互いにオトナになっていったなーと思う。
人を殺すことにも慣れなくてはならなかっただろうし、会いたいときに会いたいとは決して言わず、常に強く、弱さを見せず…確かに、そうでなければ生きていけないんだよね。大人になるほど、弱さを見せることは何の得も生み出さない。悲しいことを経験したとしても、切り替えて仕事しなければならない。そうやって何かを犠牲にして手にできるものがほとんどなのだ。
亜姫は女王に君臨するために切り捨てた相手もたくさんいる。切り捨てられた側が本当に悪であったのかはわからないけれど、踏み台が無くては高くは飛べないということはどちらのサイドの人間でも同じこと。光には影があり、泥臭い努力がある。見習ってがんばって生きていこうと思えるよ。
悪い女がいるから歴史が動く
戦争における悪がどちらなのかは簡単には言えないけれど、悪として祀り上げる対象がなければ戦争なんかできないのだ。だから、土妃には感謝しないといけないだろう。あれほどまでに自己中心的で、残虐的な女なら、いなくなったっていいんじゃないかって…思いたいよね。自分の息子が王になることってそんなにすごいことなの?って思うけど、この時代はそうなんだよね。偉大な人を産んだ母親としてあがめられる。遺伝子的にはそうかもしれないけど、能力があるかどうか・民を導くことのできる器であるかどうかは、血筋に環境や経験が大切なのに。でもそうやって時代に応じた悪者がいて、歴史が動いていってることは確実なんだ。
現代って…いいことばっかりじゃないけど、そういう血なまぐさいものを失くしたくて、こういう時代になったんだろうね。これからいったいどれくらい変わっていくんだろうね?常識が常識ではなくなっていくことを、未来の人たちはどれくらい受け入れることができるんだろう?個人主義で、グローバルで、次に待っているのはやっぱり宇宙進出かな?
最終回は本当に悲しすぎて
ずっと待ってた。薄星と亜姫が結ばれる未来を。だけど、あの最終回は泣くしかなかった。結ばれなくて、死んで会いに行くからなんて…そんなことできるか!って悔しくて。せめてもの救いは、薄星が1回だけだったとしても亜姫と体を重ねられたことくらいかな。ずっと求めた人と結ばれて、これ以上ないくらい幸せで…その後は戦場へと消えていってしまったけれど、最期までカッコ良すぎる奴だった。
こういう歴史関係の物語で、ハッピーエンドにしてあげないっていうのがよりリアルというか。望んだものすべてが手に入らないということに深さを感じてしまう。どうか2人が生まれ変わったら、幸せでありますようにと願いたくなる、いい終わりだったとも言えるのだろう。ここに至るまで本当に辛い事ばかりだったから、幸せエンディングを期待したけれど、この時代だからこそ成し遂げられたことと、成し遂げられなかったことがあるのだ。
各巻の冒頭で述べられるメッセージ。あれはもう亜姫が死んでしまうことを示していたのだけれど、それに気づいちゃったときの悲しさと言ったらもう泣けてきた。亜姫のずっと近くで付き人をしてきた女中。愛すべき主だからこそ殺して差し上げる。亜姫は、薄星と共に過ごした日々を胸に、幸せに逝けただろうか…?作者さん、余韻が巧すぎる。
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