少林サッカーよりも好きなチャイニーズアクション
こんな技が使えたらいいなって憧れた作品
懐かしのこの映画。好きだったなー。金を稼ぐにはワルになるしかねぇ!って決めたシンが、ギャングと豚小屋砦の連中の間で揺れ動き、カンフーマスターとして覚醒するまでの物語になっている。登場するカンフーの達人たちは、豚小屋砦で普通に商売をやって暮らしている。こういうの、文化が出てるよなーって思う。普通の暮らしの中で、実は日々鍛錬を積んだ達人たちが生きている。技を使うのは本当に大事なときのみ。それ以外では決して使わない彼らの精神って、日本の武士ともまた違うし、中国っぽいんだよね。正々堂々のようで卑怯くささもあるような…そして、その力は才能であることが多く、いきなり目覚めるものが多い。とんでもない時間と労力をかけて磨かれた努力の結晶である場合ももちろんあるが、仙人というか、達人は、「来るべき時に運命の導きによって現れる」という考え方をよくする。中国のアクション映画はその傾向が強い気がしている。
カンフーハッスルが放映されて、テレビでも頻繁にロードショーされるようになってからは、何回も見ているのにやっぱり見たくなる。どの登場人物がどのような勝ち方をするのかもだいたいわかっているのに、なぜかそのアクションをまた見たくなってしまうから不思議だ。カンフー映画は、スタントマンなしで挑んでいることも多いし、ワイヤーアクションでCGは極力少なく、ガチの勝負が見れるから自然とワクワクしてしまうのかもしれない。子どもながらにあの技を使いたいな~ってシャシャっと構えを取ってみたこともあった。技のキレには空手に近い印象もあるが、やはり人の能力を逸した空中アクションが楽しいんだろうと思う。
達人が達人っぽく見えないのがチャイニーズ
カンフー映画に登場する達人たちは、ごく普通に生活している人ばかり。この作品でも、街の普通の暮らしに溶け込んでいる3人の達人、そして街で静かに暮らしていきたいと過ごしている中年夫婦が達人役となっている。みんなを出ていかせる前に、確かに夫婦達人が闘って勝てば早く済んだだろうに…ためらってる間に大事な達人を3人も死なせてしまった。息子を失った悲しみから、闘うことよりも静かに暮らすことを選びたかったという夫婦。わかるようでわからない理由だ…こういう時のために、彼らの強さはあるんじゃないのかね。そして、長い間何もしてなくても、カンフーの使い手たちはすぐに体が動かせるらしい。体がなまってることがないんだろうか。
ともかく、カンフーにはいろいろバリエーションがあるのが楽しいところだろう。今回は槍を使う、金属の輪を使うパターン、とにかく力持ちな能力、体が軟体で攻撃を受け流す戦い方や、咆哮ですべて跳ね返せたりとか…種類が豊富だったね。そして最後に勝つのはやっぱり拳法。シンが手にしたカンフーだ。基本こそ最強で、最もキレがあって、カッコいい。シンがそこにたどりつくまでが本当に長くて、ほぼ夫婦が主役なんじゃないかというくらい、最後のほうまで引っ張られた。
達人たちはどこにでもいて、街のどこかでひっそり生きている。その秘めた力を発揮するのは、何かを守る時だけだ。強き者こそ優しく。そんな精神が垣間見れる。
どうしようもないチンピラから最強へ
シンは金を稼ぐにはワルになったほうが早い、と考えるような奴。できもしないことを大口叩いて失敗する。ギャングの仲間になれば稼げるって思ったシンとその相方は、見事に豚小屋砦で返り討ち。シンたちは何か能力があるわけでもなかったし、何も成果を残せなかった。ほんと、残念な男。
そんな彼が輝いたのが、火運邪神と夫婦2人の戦いの渦中。3人がお互いに絞め技を繰り出して苦しんでいるとき、ギャングのボスが夫婦2人を攻撃するよう強要してきた。「やってやる」「これで俺も昇格できる」「できる」「やってやる」って言いながら、ギャングのボスを殴って火運邪神の頭を殴りつけたシン…いいシーンだったなー。彼は正しいことをわかっていて、苦しむ人をほっとけるような人ではなかったことが、嬉しかった。
そこからの展開がかなり急ではあったんだが…もともと体の傷の治りが異様に早いとわかっていたシン。火運邪神から瀕死になるほどの攻撃をくらったにもかかわらず、驚異的な回復力を見せる。しかも、その変化に気づいた夫婦は、火運邪神にくらった攻撃がちょうど秘孔を突き、シンの覚醒が始まったとわかった…らしい。まさか敵によってシンの新たな能力が開花するなんてね。おもしろいじゃない。修行してなくても、体に秘められたパワーが開花する、夢のような話。おまけにシンは性格までガラリと変わって、まさしく心技体の最強になる。夫婦にとっては、シンが新たな息子のような存在になる…体は出来上がってたのに、気の流れだけがダメで弱っちい状態だったんだね、という話みたいだ。東洋の健康や強さの考え方には、気の流れが欠かせない要素。本当かどうかわからないが、それを武器にした治療院もあるからね。あながち嘘ってわけでもないんだろう。
敵は容赦なく殺しにくるのに
今作では割と容赦なく人が死ぬ。死ぬまでのバトルシーンは長く、一発で死ぬってことはない。ただ、咆哮使いの妻が、苦しむカンフーの達人が目の前に転がってる状態で、助けなかったのが…悲しいというかなんというか。秘術はシンにとっておいたから、そんな何回もできるようなものでもないんだろうけど…もうこの2人は助からないってことだったのかな。体をバラバラにされて死んじゃったもう一人の達人も、かわいそうなラストだった。
味方側がめっちゃ死んでるのに、敵側は死なないじゃない。味方側は人殺しはしない戦い方をする人たちで、達人3人を殺した琴使いの敵も殺さなかったし、ギャングのボスを殺したのは火運邪神。シンも火運邪神を殺したりはしないラストだった。
やられたらやり返せってことはしない。義を通し、勝ち続ければいいだけのこと…ということだろうか。ドラゴンボールの悟空vsフリーザを思い出したね。悟空はフリーザを生かそうとして殺すしかなかった。カンフーハッスルでは圧倒的な力の前にひれ伏させ、負けたほうもひれ伏すことを選ぶ。中国の文化なのかも。闘いの果てに師弟関係がつくられる。
キャンディーの女の子へ
あの喋れない少女、いいよね。大人になった彼女がめっちゃかわいくてドキドキ。シンは彼女のためにキャンディーのお店を開く。子どものころは彼女を守ることができなかったけど、今なら守れる。再会できた2人はロマンチックだった。
少女にとってはシンはずっとヒーローで、感謝すべき存在に変わりはなかったんだよね。シンは助けようとして助けられなかったことを悔しいと思っていたし、勝てなかった情けなさから逃げた。そして逃げた自分も許せなくて、努力したって強くはなれないんだろうと思い込んでいて…諦めていた。ちゃんと強くなって、大人になった少女を迎えにいけたときは軽く感動もあったね。確かに達人ではなかったかもしれないし、クズだったことに変わりはないけれど、あの夫婦vs火運邪神のときに正しいと思えるほうを選べた彼は、心はまともだったということだ。
少林サッカーをつくったチャウシンチー監督の作品であるカンフーハッスル。なんでカンフーってこんなにおもしろいんだろうね。ところどころにあるギャグ、ありえない派手なアクションは、観る人を惹きつけるものがある。
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