のんびり気が抜ける、まったり江戸散策 - ふらり。の感想

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ふらり。

4.504.50
画力
5.00
ストーリー
4.50
キャラクター
4.50
設定
4.00
演出
4.50
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のんびり気が抜ける、まったり江戸散策

4.54.5
画力
5.0
ストーリー
4.5
キャラクター
4.5
設定
4.0
演出
4.5

目次

なんとも気が抜ける自由感

初めてこの作品を読んだ印象は、体中から気が抜けるようなくつろぎ感とのんびり感だった。そして空を漂うような自由感。そういったものが全てこの作品の中にある。
テーマは主人公の男(姓名などは明らかにされていない)が江戸中をのんびりと歩きまわり、測量の基礎となる歩数を数え続けている話だ。これが実にのんびり自由で、江戸時代という時代設定を超えたおおらかさを感じさせ、こちらに心地のいい脱力感を与えてくれる。
また谷口ゴロー独特の絵柄もこの心地のいい脱力感を増幅している。リアルな人物の描写、時に擬音語さえもフキダシに入る独特の世界観、町を歩く人々、それら全てが読み手をくつろがせてくれる。このような感覚になるマンガはなかなかない。そこに谷口ジローの実力を感じることができる。

谷口ジローの魅力

彼の作品を多く読んだわけではない。「孤独のグルメ」「神々の山嶺」だけである。だけど、その2つは今まで読んだマンガの多くをはるかに凌駕するもので、またその中でも「神々の山嶺」は絶対読むべきマンガのひとつだと思っている。だからこそ今回この作品を選んで読みたいと思った。彼の作品の中でもこれは後期に発行されたものとなり、原作もマンガもすべて谷口ジローという比較的少ない部類に入ると思う。そしてテーマが江戸時代で測量である、期待しないはずがない。そしてやはり期待は裏切られることはなかった。
彼の実直な絵柄は、派手な賛美や薀蓄のないグルメ、人を拒み続ける冬山をリアルにきっぱりと描写する。そして今回の舞台である江戸の町並みや歩数を測り続ける男の孤独さも堅実に描写されていた。このストーリーを谷口ジロー以外が描写すると、どこかパースの狂った絵を見るような思いになったに違いない。そう感じるくらい、江戸の風景と主人公、当時の文化の描写がぴったりとはまっていた。

足でする測量ということ

「天地明察」などでも出て来たように、歩数を数え地図を作ろうとするものは天文学に通じているところがある。このマンガでもそういう描写があり、大いなるロマンを感じることができた。だけど歩数というのもはあくまで人の歩幅によるものだから、まずそこから確実に同じ歩幅で歩けるように訓練しないといけない。それは全く先の見えない途方もない努力だ。しかもその足を定規にし、各地を歩きまわって計測し、地図をつくろうというのだから気が遠くなってしまう道のりだ。それをこの主人公は淡々と飄々と感じており、そこにそれほどの野望も感じられない。しかし熱意がないというのとは違う。きっと人を競うことではなく、自分と戦うことが前提となっているからかもしれない。人と殴り合いなどしたら真っ先に負けてしまうようなこの男だけど、心には誰にも負けない炎が静かに燃えていることを感じさせる。
映画「八甲田山」でも歩数を数え続けていた男がいた。あのような雪山でどれくらい精度の高い数字が出るのかは疑問だったけれど、ひたすら歩数を数え続ける男のことは、あの凄惨な遭難の状況と同じくらい覚えている。

桜になり亀になり

主人公の男は、花見の時に寄りかかった桜の木や、放すことで功徳を得ることができる亀などに乗り移るというのか、対象にすっかり入り込んで、その木なり動物なりの目を通して世界を見ている場面が多くでてくる。実際に乗り移っているという訳ではないのだとは思うけれど、その描写はその動物と同じように泳ぎ、飛び、歩いているように思う。その描写はまるで「ブッダ」に出て来たタッタのような楽しさと無邪気さを感じられる。それほど彼自身の魂が清らかであるようにも思えた。そのような人間の目線以外でものを見ることのできる人はもしかしたら現代では相当生きにくいかもしれない。江戸で生きる彼さえもいささかの風変わりな感じは否めない。しかしだからこそ、この脱力感をかもし出すことが出来るのかもしれないと思う。

歴史的人物との遭遇

とはいえ、この展開も慣れてくると間延びしてしまう。のんびりまったりいいのだけど、どこか刺激が欲しくなってしまうのだ。ちょうどそのあたりで登場してきた実在の歴史的人物である小林一茶。穏やかで優しげな彼の顔つきと動作ではあったもののそうとは想像していなかったため(ましてやここで実在の人物が出てくるとは思わなかった)不意打ちを食らった形になった。しかしそれはいい不意打ちで、間延びしつつあった展開をここでピリッと締めてくれた。ここは見事なものだと思う。

生き生きとした江戸の文化の描写

屋台で売られる数々の食べ物、魚などを売ってあるく人、そして夫婦で食べにいく蕎麦屋。そういったものがこのマンガには実に生き生きとみずみずしく書かれている。月見酒の船、蛍、潮干狩り、打ち上げられた鯨。そういったものがまるで一コマ一コマ一幅の絵のように感じられる美しさでさえある。
文化の進歩の違いはあれど、もしできるのであれば今江戸に戻って暮らしてみたい-、そう思える作品だった。

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