現実的に恐ろしいホラー小説 - 東京難民の感想

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東京難民

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文章力
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ストーリー
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現実的に恐ろしいホラー小説

3.53.5
文章力
4.0
ストーリー
4.0
キャラクター
3.0
設定
4.0
演出
3.0

目次

誰にでも起こりうる転落の罠、そのリアリティ

この物語は何不自由なく育てられ、社会の荒波にもまれたこともない大学生の若者、修が主人公である。決して勉学に勤しむというような模範的な学生ではなく、授業をさぼっては遊んでいるため単位さえ足りていない。月々15万円の仕送りが少ないといっては愚痴をはき、日々だらだらとした生活を送っている。恋人も友人もいながらも大学に行く意味を見出せず、かといって何がしたいのかというのもわからないという典型的な日本の若者だ。そんなどこにでもいる彼が金銭的理由から除籍になり、アパートを追い出され、仲間からもケンカしてしまい決別してしまうまでに時間がかからなかった。本当に転がるようにどんどん状況が悪化していくそのテンポのよさに、手に汗握りハラハラしてしながらも、本から目が離せなかった。
またところどころにちょっと役に立ちそうな知識が書いてあるのもよい。敷金礼金0はとても魅力的だけど、そういう罠があるのかとためになったりした。ただ個人的には家賃だの携帯電話代だの借金を踏み倒すにはそれなりのメンタルの持ち主ではないと持たないと思う。修が軽々しく1ヶ月くらい滞納してもいいかと愚かな判断を下したのはもちろん間違いなのだけど、九州の実家でヤクザものに追いかけられて死ぬ思いをした割には、借金を踏み倒したらどうなるかという想像力が若干足りないような気がした。

修の甘さが引き起こす失敗と転落

まだ後半ほど逼迫はしていないものの必死で仕事を探していたときに飛びついたのが、ポスティングとテレアポのバイトだった。結果どちらも失敗しているのだけど、その失敗の原因も修の甘さにある。しかしその甘さは正義感と良心の上に成り立っていたものだったから、決して悪いものではないと思う。修はこういう甘さゆえの失敗をそれからも何度もやらかす。それらの失敗によってどんどん窮地に追い込まれていくのを見るのは本当につらく、次のページを繰ることさえどきどきしてしまうことさえあった。修は考えが足らなかったり、甘えた気持ちの上で物事を判断したり、間違ったことは多くするのだけど決して悪人ではない。そして甘えたことを時々言ったり考えたりしているけど、自分が21歳だったときのことを考えたら彼とそんなに大差ないはずだった。決して軽はずみに、しっかりせよと責めることはできないと思う。
またテレアポのバイトというのは私も経験したことがあるけれど、向き不向きが非常に激しい仕事だと思う。まだきちんとした仕事ならいいけれど、修の場合はどうにも胡散臭い商品の紹介である。背に腹は返られないといえど、苦手な仕事の上、こんなお坊ちゃんが良心の呵責を覚えないわけがない。ここの仕事はお金を手に入れるというだけなら良かったけれど、修の恋人が「あんまりしてほしくなかった」と言う気持ちはよくわかる。

修の馬鹿さ加減がよくわかるところ

この本には時々その辺のホラー小説以上のものを感じる描写がある。そのうちのひとつが修がなけなしのお金を使ってパチンコに行くところだ。新台が満員で、期待しながらもどこかほっとするところなどはこちらまでもホッとした。こちらの心の中で「絶対だめだだめだ」と止めてしまうくらいだったのだけど偶然にも席が空いてしまい導かれるように座ってしまったところで、鳩尾がすうっと冷えるような恐ろしさを感じてしまった。案の定そこから銀行でお金を下ろしてまで使い込んでしまい、一文無しになってしまったところで「馬鹿すぎるだろう」と怒りさえ感じた。その後しばらくたって、また懲りもせずにパチンコ屋に入ってしまい、そこではある程度稼いだもののドル箱を消化してしまい(そこも怒りを感じた)、ぎりぎり止めたものの換金したら1円パチンコでまったく儲けがなかったところなどはリアルで笑ってしまった。しかしどうしてことここに至ってパチンコなどで手っ取り早く稼ごうとするのか、その心理はよくわからない。確実に増やさなければいけないのにリスクを受け入れてしまうというのが、修の馬鹿さ加減を感じるところだった。ただ読者的にはかなり感情を翻弄され、物語的には面白かったところでもある。

修が経験した仕事の数々

背に腹を変えられない勢いで、修は様々な仕事を経験する。前述したテレアポ、ポスティング、ティッシュ配り。即日払いが条件である以上、あまり仕事内容は選べないだろう。しかし修ができる範囲ではできるだけのことをしていると思う(携帯の営業は結局面接に行かなかったけれど、実際続かなかっただろう)。そして一番運が向いたのは“治験”のバイトだと思う。個人的にこのバイトには興味があり(自分で行くほどの度胸はなかったけれど)、その都市伝説的な給料のよさと引き換えにどれほどのものを要求されるのか、怖いもの見たさのようなものがあった。結果修がやったのは開発中の薬を試すのもので、ただ普通に入院すればいいだけというソフトなものだったので私の好奇心としては若干の消化不良感があった。
あとはホスト、日雇い、ホームレスとしての仕事。ホストの不健康さ感はすさまじいものがあった。ドンペリにしても高級なブランデーにしてもどうして一気などで無駄にしてしまうのか。まったく理解不能な世界だった。人をだまし人を蹴落としという世界は修は無理だということをまだわかってなかったのかという気にさせられる展開ではあったけれど、それは日雇いで働くことの健康的な暮らしと対比させるためだったのかもしれない。

あまりにも強引で無理のある警察への連行

治験のバイトが終わったばかりの修がいきなり警官に職務質問される場面がある。そこから署に連行され挙句逮捕されるまではあまりにも不自然でリアリティに欠ける。この物語は全体的にゆるぎないリアリがあり、だからこそ実感として転落の恐ろしさを感じられるところが魅力なのだと思っている。しかしこの場面だけはどうしてもストーリー上なにか必要だから手を加えたような不自然さが感じられるし、日本の警察もあそこまで無能ではないだろう(と思いたい)。まるで芝居がかった警官たちの態度に、きっと背後にヤクザとかがいて本当の警察でない人が演技して修を拉致しようとしているのではないか、とまで想像したこの場面は何度読んでもおかしいと思う。思うけれど、もしかしたらチャンと修を出会わせるためにこのような場面を作ったのではないかと思った。
修が中国に売り飛ばされる危機一髪でチャンが出て来たところはちょっと感動したけれど、でもあれがもし伏線だと考えたらあまりにも不自然なので、なんとなくひっかかっていまいち手放しで感動することができなかったところが少し残念だった。

福澤徹三の作品について

とはいえ、この作品は自分が今立っている地面がいきなり無くなるような下腹がすうっとするような恐怖を存分に味わわせてくれた。そしてこの作品を読むまで私はこの福澤徹三という小説家を知らなかったので、他の作品も読んでみた。それはたまたま本屋で目に着いた「アンデッド」だったのだけど、あまりにもその直接的な暴力と拷問の描写に辟易してしまった。ホラー小説というのはもちろんそういう分野もあるのだろうけど、個人的には好みではない。
関係ないけれど「福澤徹三」を画像検索したときに出て来た画像にもちょっとびっくりした。面白そうなものを書きそうな人だなとは思ったのだけど、この「アンデッド」はいただけなかった作品である。
そうはいってもかの巨匠スティーブン・キングも個人的には2度と読みたくない恐ろしい物語を書くことがある。その反面、一生心に残りそうな温かな物語も生み出す。だから1本好みではないものがあったとしても、それだけでは判断するのはフェアでないので、次は別の長編を読んでみたいと思う。

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