熱く激しい競技ダンスの世界
競技ダンスの世界
ダンスという言葉への印象は世代によって多少違う。年齢がバレてしまいそうだが、なんと最近では学校の授業にもダンスが取り入れられ、また、YouTubeやニコニコ動画に於いても、「踊ってみた」というようなジャンルが視聴数を伸ばす時代になった。若い世代にとってダンスと言うのは、特別な人が行うものではなくなってきているのではないだろうか? 勿論、若い世代においてもこのダンスという授業が嫌いな人もいるだろうが、「楽しく夢中になれるもの」としての認知度が広まっているように感じる。本作で取り扱っているのは「競技ダンス」と呼ばれるもので、簡単に言うと社交ダンスの大会で順位を争うという「スポーツ」である。勿論、踊りである以上、芸術的な要素も含むものであるが、激しい運動と練習量、参加者の向ける意欲は、「スポーツ」と言って間違いないだろう。因みに、このダンススポーツが国際的に認められたのは2010年のアジア大会であるとの事。これが発端なのか、追い風となったのかはわからないが、間違いなく今後は広く認知されることになるだろう。
さて、マンガにも様々なジャンルがあり、ダンス(踊り)を題材としたマンガも実は多い。本作と同じく競技ダンスを扱った、「背すじをピン!と~鹿高競技ダンス部へようこそ~」や、クラシックバレエの「昴」「絢爛たるグランドセーヌ」「ダンス・ダンス・ダンスール」などは、いずれも人に勧めたくなるようなマンガである。他にもダンスを扱ったマンガは多いが、掲載誌が少女コミックのものが多く恋愛や社会性といったベースが「少女マンガっぽい世界観」とでも言うのだろうか、どこか耽美な雰囲気であったり、日本が舞台なのに出てくるキャラクターも雰囲気も外国のような……、宝塚的というか、ベルバラ的というか、そういった雰囲気が、万人向けではなかったように思う。しかし、近年になり先にタイトルを上げたような少年誌や青年誌で掲載できるような骨太なマンガが出てきている。これについては、ダンスというものに向けられる世間の意識が代わってきたからではないかと思われる。
指先の美しさを魅せる表現力
社交ダンスは、スポーツであると同時に芸術でもある。同じような競技でフィギュアスケートや新体操があるが、競技ダンスにはそこへ通じる美しさがある。本作のタッチは力強いだけではなく、どこか柔らかな表現が含まれており、特にパートナー(女性)の表情やスタイルには艶のような色っぽさがある。それはエロスではなく「美」であると強調したい。これは良くも悪くもあることなのだがマンガである以上、キャラクターはある程度デフォルメされる。目は大きく、髪型は重力に逆らうという表現もおなじみのことであろう。世の中にはプロ・アマ問わず、色っぽい表情を描く作家は山ほどいる。これは誰でも描けるという意味ではなく、それだけ凄腕の作家が日本にはたくさんいるという意味で解釈してもらいたい。しかし手や足(脚ではなく)を美しく表現するマンガが少ないように感じるのだ。手足を書くのは難しいと絵を描く人に聞いたことがあるが、難しいが故にデフォルメに逃げてしまう作家も多いようだ。その点において、本作の指先の表現は美しいと感じることが出来るのではないだろうか。
よく演劇の指導で 「指先まで神経を使って……」 と聞くが、本作においての 【指先の表現】 は、正に美しく見せるための表現なのではなかろうかと思われる。
物語の運び
本作はスポーツ漫画としては王道とも言える、「初心者が目覚ましい成長を遂げる」という流れの作品である。主人公は自身を取り柄のない人間だと自覚しており、悶々とした気持ちを抱えている。このパターンは残念ながら何度も目にしたお決まりのパターンである。しかし、本作の主人公には冒頭数ページで「あ、ちょっと違うな」と思える箇所がる。それは冒頭のモノローグで、「スポーツや勉強が得意というような贅沢は言わないが、せめて胸を貼って好きだと言える物があったら、僕は変われる」と語っていることである。つまり別に主人公は腐っているわけではないのだ。「変わりたい」と思いながら何かを探している最中の少年なのだ。これは重要なことであり、あくまでも受け身になって出会いを待っているだけの人間には、何にもなれないという事を前提としていたのではないかと思う。本作は一見すると、【気弱な主人公が不良にいじめられているところを助けた人が、偶然それを助けた人にきっかけを与えられ変わっていく】というお決まりのパターンに見えるかもしれないが、彼がもし受け身一本の本当に情けない人間だったら、いきなり連れてこられたダンス教室で「グループレッスンに混じってやっていくか?」という誘いに、二つ返事をするだろうか? という事である。このエピソードは心に残るエピソードではなかったかもしれないが、非常に大切な土台となっている物語の主軸となっていると感じるのだ。
また、主人公の成長速度についてだが、割りとスローである。勿論、周りをあっと言わせるような点はある。例えば観察眼。これは目の悪い祖母に相撲を上手く実況して伝えるため、自然と身についたという設定であるし、度胸と言う面でも、普段はおどおどしているくせにホールに立ったら肝が据わるという点では他人より秀でた部分かもしれない。しかし新しく迎えたパートナーと息が合わず、思ったように結果が出せないという話しは長く、成長が伸び悩むシーンが続いている。だがこれを「中だるみした」とは思えず、むしろ主人公とパートナーの二人の成長を非常に丁寧に描いているのだろうと解釈できる。
本作はまだ8巻しか発行されていないが、第1巻冒頭では、「全英選手権で無名の日本人選手が、ブラックプールの歴史を変えようとしている!」と言うアナウンスから始まる。これは最終話にかかる布石とも言えるワンシーンだが、ここに至るまでの主人公の成長を期待させるものであると考える。
マンガの表現とアニメ化について
マンガによるダンスの表現は、実は「実物」を見るという以外において、最も優れているのではないだろうかと思う。かつて、日本で大ヒットし、海外版まで出た「Shall we ダンス?」という役所広司氏の主演映画があったが、こちらは当然実写映像であり、俳優が演技してそれを動画で見ると言ったものである。
バスケットやサッカー、テニス等、多くのスポーツマンガを見えればわかるが、運動における人体のポーズには、それが予備動作であっても 「ここ!かっこいい!」 という瞬間がある。マンガには、この刹那の瞬間を表現するには向いており、ポスターや写真集に出てきそうな「瞬間」を描くことで躍動感と迫力を伝えられる。勿論、それには作者の画力と、表現する線の強さが必要になるが、本書にはそれが備わっているように感じられる。
なお、本記事を書いているのは2015年5月であるが「ボールルームへようこそ」はなんと、2017年7月にアニメ化が決定している。制作はプロダクションI.G.。そして監督が板津匡覧氏であることから、絵作りに対しては期待が持てそうだ。またキャラクターのデザインにおいても、原作の絵をバランスよく表現しており、先に述べた表現の美しさを表してくれるのではないかという期待は大きい。
因みに私も元制作側にいたので想像できるのだが、ダンスのアニメ化と言うのは意外と難しい。おそらく原画マンは、今も目を皿のようにして競技ダンスの動画を見ていることだろう。今の技術、事、プロダクションI.G.の採用してきたCG技術を持ってすれば、主人公以外のモブキャラのダンスシーンはモーションキャプチャーされた3Dモデルで表現が出来そうだろう。また、メインキャラの作画に於いても、演出や作監がしっかりと手を入れれば、見栄えのあるアクションシーンとなり、日本のアニメ特有のコマ割りで躍動感のある演技になると想像できる。のだが……、じゃあ、音楽とそれが合うか?という問題も同時に生まれてしまう。
ダンスにおいては何拍子という決まったテンポがあり、ここに流れるBGMはどうしても嘘がつけない。ここが本作の最大の難所ではないだろうか。アニメは制作過程において、カットの尺を原画の時点である程度決める。デジタル編集が進み、今はもしかすると、秒コンマ何ミリで表記されているかもしれないが、それでも、殆どの演出家はコマ数で計算し、タイムシートもそれに準じたものになっていると思われる。つまり映像における3拍子を一度ストップウォッチで計り、更にそれを24コマにして作画し、カットを一本にまとめるカッティング作業で再び秒になおし、そこで3拍子のズレを修正するという手間のかかる作業となってしまうのだ。リアルな現場においてカッティング時に色の付いた動画を用意することは難しく、良くて原画を元にした「原撮」、下手をするとレイアウトを元にした「L/O撮」担ってしまうことも多い。つまりどういうことかというと、タイミングを取るための絵が足りないということになるのだ。こればかりは演出家とアニメーターの腕による補完に頼るしか無いのだが、おそらくBGMやSE、環境音を入れる「編集」時に多少時間をかけることになるだろう。そう考えると、通常一晩~一日作業の最終工程も、スケジュール的にも厳しいものになるだろう。1つ工程を踏むだけで途端に制作サイドは苦しくなるのだから、音楽に合わせるといったアニメーションの苦労は絶えない。
しかしアニメオリジナルのBGMで、実際のワルツ等の音楽とは関係なくしてしまう事もできるだろう。本来の競技ダンスの曲を無視して、アニメオリジナルBGM挿入するというものだ。これであれば幾分負担は軽くなるが、場合によっては演出家(あるいは競技ダンスファン)の意図しない、世界観になってしまう危険性があるのだ。
これがマンガとアニメの決定的な差となりうるのだが、この点においてはどうなるのだろうと楽しみでもある。
作者について
自転車マンガ家が自転車に乗るように、ダンスのマンガを書くにあたっても経験に勝る資料はないのかもしれない。本作の作者、竹内友 氏においても武蔵野美術大学に在学中、競技ダンス部に所属していたとの事。この経験が本作の枢軸となっていることは間違いない。自身が本気で取り組んだ題材であったとしても、本作がデビュー作で、ここまでの物を作れるというのだからその才能の底が見えない。
掲載誌では最近まで体調不良を理由に休載していたようであるが、2017年1月号から連載が再開している。マンガの連載というと精神的にも肉体的にもキツイと聞くが、多くの読者を虜にし、すでにアニメという他のメディアにも展開された実績から、作者には健康に気をつけ長い連載を期待したいものである。
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