複雑に絡み合う吉原の女の道がおもしろい
短編集かと思いきやすべてがつながったストーリー
吉原の遊女である八津を中心として、過去、現在、そしてその後と描かれていくストーリー。自由奔放だった八津が、いろいろな人の人生にふれてどんどんたくましくなり、姐さんになっていく。その姿がかっこよくもあり、悲しくもありました。いったい何人の女が苦しい思いをして、使われるだけ使われて捨てられていったんだろうね。そんな時代が確かにあったということ、実際に歴史として起こったとされている出来事にもなぞらえながら、その時生きていた遊郭の女たちの人生を描き出してくれています。
まず読んで気づくと思うのですが、みんな同じ顔じゃないか…?誰が誰だか、そのとき横に名前が出てなければわかりにくい…茜や朝霧はわりとわかりやすかったと思うのですが、水蓮と八津は強気なところも似ていたりしてほとんど違いがわからない…表紙や扉絵の美しさは目立つのですが、本編では男たちをもとに読み分けしないとわかりにくいなという印象はありました。それでも、ストーリー展開はすごく面白いし、東雲が吉田屋を殺したことが、実は朝霧を想っての事だけではなかったという事実が後からわかるのも衝撃的でした。朝霧の姿に霧里を重ねていたのかなとか、過去がわかるほど厚みを増して、一人の人間の人生に深く入り込める内容になっています。
みんな幸せになりたかったよね。というか、みんないろんな理不尽なことを経験してきて、これだけ強く、美しく、生きていた。代々の姐さんたちの教育がすごくよかったおかげなんだろうなと感じさせます。
人多きところに遊郭はある
京にもあるし、江戸にもある。でも、よく取りざたされるのは江戸の吉原ですよね。やはり将軍のおひざ元だからでしょうか。少し人の多い栄えた町にだったら、どこにでもこんな女郎たちはいて、男たちの飢えを満たす存在になっていたのでしょうね。女郎たちにとっては、お金のために体を売るということがもっと切実で、今どきの憂さ晴らしとか、何かに対する当てつけみたいな簡単な理由なんかじゃない。プライドも持つし、男を楽しませるプロであろうともする。病気をうつされたらたまったもんじゃないので、わざわざなりたいとは思えないけど。かっこいいとは思うよね。
乱れまくっているかと思いきや、歴史的に風俗を取り締まる動きはあったようでした。乱れた生活を正すこと・乱れたお金の動きを無くすことを目的としていたとは…この漫画を読まなかったら知ることもなかったです。いつの時代も、堂々と体を売ることを良しとはしないものだったんですね。もっとこう…獣のような感じだったのかなって勝手に考えていました。
京都に起こる祇園は、遊郭の名残かとも思えるけど、今は違いますよね。より芸子としての生き方が重要視されている感じ。芸は売っても体は売らない。セクハラは認めない…表向きかもしれませんけど、大昔の教訓が活きているおかげで、理不尽なことはぐっと少なくなったんじゃないでしょうか。その陰には八津たちみたいな女がたくさんいたんだろうなーって回想させてくれます。
身請けがとても温かに見えた
他の作品では、「身請けされて…」というシーンがもっと暗いもののように感じられます。お前の借金はそんなんじゃ返せないんだよ、莫大な身請け金がなけりゃ出ていくことなんか一生できないんだよ!!みたいな、悪―い女将がいることが多い。それにやっぱり、最後までお金で買われていくということも、道徳的に解せないところがありますしね。人の価値をお金ではかりたくないってよく言うじゃないですか。キレイで、いわゆる女としての価値が高いなら金額が倍増する。そこだけで人の価値を計られていいのかなって。
この「花宵道中」では、身請けはとても幸せそうでした。それもまたギャップでしたね。確かに、女は若いほど好かれるのは事実で、一定の年齢に達したり、お金の返済が完了したら、働き続ける必要もなかったのかもしれません。そこで、君をうちの嫁に…と思ってくれるいい男の人がいたら、最高かもしれない。中には腐った野郎もいたのかもしれないですけど…少なくとも、この物語における身請けは美しいと感じられましたね。
朝霧が身請けされるってときは本当に…せつなかったな…この旦那と一緒になっても幸せになれただろうな…と思うからこそ、東雲の事を想い続けることを選んだ彼女の気持ち、なんでこのタイミングで出てくんだこの男…!!という苦しさ、いろんな感情がごちゃごちゃに感じられて、胸がしめつけられます。朝霧を身請けしようとして自殺されて、悲しみにくれていた旦那についても同様です。朝霧に似た茜を初見世で抱いた…というところは、せつなさだけじゃなく、やっぱり男なんて誰でも抱くんだろうかという疑念や、それくらい寂しかったのかもしれないという同情などなど…男と女って難しいなってことを感じずにはいられません。
朝霧と東雲もいいけどやっぱり八津
典型的なお別れを遂げた朝霧と東雲。恋に生き、他の男には譲らないと決めて自害した哀れな朝霧。そして、父親を殺した罪で裁かれた東雲…朝霧を食い物にしているだけでなく、姉の霧里を無理矢理犯した人物でもある憎き相手を、殺さずにはいられなかったのかもしれない…。自分の大切な人を、二度も目の前で犯されてるからね。こんなひどい仕打ちって…ないよな…。八津が、罪人の髪の毛だと言って朝霧に届けたときのあの叫びといったらもう…残酷。何も言えないです。人殺して終身刑とかないんだもん。人殺したらお前も死ねなんだもんね。こういうパターンだと、別に殺すとかしなくていいから、逃げてほしかったと思ってしまいます。そしたら絶対、幸せになれた気がするのに…つらい。
そんな悲しい2人の話もぐっとくるけど、姐さん…!って感じの八津はもっと素敵です。ツンツンしているのに、人気が高い。それもまたかっこいい。彼女も恋をして、それでも吉原で生きていこうと決めた。彼女なりの経験と知恵、優しさがあって、救われた人がたくさんいたし、女であることに誇りを持っている感じもして、同じ女なら、共鳴できる部分がたくさんあるのではないでしょうか。
うまくいかないことのほうが多いのかもしれない
全然思い通りにならない恋物語を読むと、人生、うまくいかないことのほうが絶対多いんだよなーって思いますね。たくさんの選択肢の中から何を選び取るかによって未来が決まるわけですけど、正しかったとかそういうのは誰にもわからない。振り返ってみたら成功だった気づくことがあるし、失敗だったと思っていたのにもっと後になったら実はそのおかげでうまくいったことが出てきたり。うまくいかないなーって気持ちを繰り返して、良くなっていこうとするんだよなーって感じさせてくれますね。常に、後に生まれた者はそれを知り活かす権利が与えられている。
特に、男と女の関係においては、好き嫌い・憎い愛しいが常に渦巻いていて、普段は理性で考えられるのに、この部分だけは絶対本能と欲望で動いているじゃないですか。間違ってるってわかってて感情で動く。普段いろんなものにがんじがらめになっているからこそ、恋愛においては正直でいたいって人が多い。難しいですよね…
吉原の女たちの仕事は体を男に売り、悦ばせること。お金がないから、家がないから、いろいろな制約の中にあって、それでも生きている女たち。卑しい気もするけど、誇りもあり、優しさもあり、いい人間ばかりの物語でした。
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