ミュージカル史上に燦然と輝く、ロック・オペラの金字塔 「ジーザス・クライスト・スーパースター」
「夜の大捜査線」や「華麗なる賭け」、そして「屋根の上のバイオリン弾き」「月の輝く夜に」などで、常に私をワクワクするような、映画的陶酔の世界へと誘ってくれるノーマン・ジュイソン監督の「ジーザス・クライスト・スーパースター」は、ミュージカル史上に新しい時代の輝きを放つ、素晴らしい"ロック・オペラ"だと思います。
そして、同時にこの作品は、こよなく美しく悲痛な愛の物語でもあるのです。新約聖書に基づいて、イエス・キリストの最後の七日間を描いています。
若きイエス(テッド・ニーリー)は、暴政と貧困にあえぐユダヤの下層の民衆にとって、"福音と奇蹟"をもたらす待望の救い主でした。そして、特に、公開当時の1970年代の"反逆と絶望の世代"の若者たちにとっては、時代のヒーローであり、スーパースターであったのです。
それはちょうど、ロック・コンサートの記録映画の傑作「ローリング・ストーンズ・イン・ギミー・シェルター」で、熱狂し興奮する観客の若者たちが涙さえ浮かべて、ステージ上のミック・ジャガーに恍惚の表情で手を差し伸べる姿に似ていると思います。
あの時、観客の一人ひとりにとって、ミック・ジャガーは、まさに"現代のキリスト"なのだ、と私は異様な感動に心を打たれたものだ。思えば、二千年の昔のイエスの、その優しく毅然とした声音の伝道は、当時のさまよえる若者たちの魂をゆすぶる、エクスタシーの音楽でもあったのではないかと思います。
こうして"神の子"イエスは、英雄渇仰の人々によって熱狂的にもてはやされるのですが、彼自身、実は誰よりも真摯に悩める、一人の若者ではなかったか。それを知るのが、この作品では、なんと真紅のシャツを着た黒人青年による、イスカリオテのユダ(カール・アンダースン)なのです。
黒いユダは歌います。イエスよ、あなたは強くなりすぎた、偉くなりすぎた、このままでは必ず殺される------と、彼はひとり絶叫するのです。
ユダは、深くイエスを愛していた、イエスに愛されていた。日本でも当時、上演された舞台版では、二人の同性愛的な関係をはっきりと表現していましたが、この映画ではそれほど露骨には表現していません。もはや人々に囲まれて遠いところに立ち登ってしまったイエス。しかも、卑しい女マグダラのマリアに心を移したと思われるイエスに、愛憎表裏のユダが、ほの暗い洞窟で、イエスの潤んだ青い瞳にひたと見つめられ、頬に手を差し伸べられて、その手をかき抱き、涙で見つめ返す時、二人を包む切ない"倒錯の情感"が、妖しい美しさで燃えたって、この場面は胸苦しいまでに官能的なのです。
マリア(イヴォンヌ・エリマン)もまた、イエスへの切々たる愛を謳いあげるのだけれど、つのり、抑え、鬱屈して、嫉妬に逆上するユダの、苦悩と混乱の愛の思いこそ強烈です。だからこそ、ユダは、イエスを"売る"のです。いつか必ず殺される彼を、せめて我が手で殺すために------。
こうして、"反体制の英雄"イエスは、早くもユダの裏切りを察知しながら、黄昏のオリーブの林で、弟子たちと、"最後の晩餐"を共にして、兵士に捕われ、大司祭カヤパのもとへ引っ立てられ、更に、罪の子ヘロデ王の罵りを受け、ローマ総督ピラトによる鞭打ちの後、巨大な十字架を背負わされて、処刑場ゴルゴダの丘へと引かれていくのです。
それより先にユダは、イエスを売った報奨の銀三十枚を地にたたきつけて、風吹きすさぶ荒野で首をくくって果てるのです。だが、そのユダが、神々しさに輝くイエスと対決して、「あなたの惨めな死は、大向こうを狙うスタンド・プレイか?!」と熱唱する幻想シーンは、魂の震えがくるほど圧巻だ。
------そして、この物語の全てが実は、灼熱の砂漠に一台の大型バスでやって来た総勢五十人ほどの、現代の若者たちによって"演じ"られた芝居だったのです。この着想は、本当に凄いと思います。
受難のキリスト、人類への愛をこめて、自ら"贖罪の死"を志向したイエスを、今、現代の若者たちと同等のラインに引きおろしながら、だがなお、イエスの"徹底的終末思想"への無限の憧れを、彼ら一人ひとりの"魂の苦悩"とダブらせる、無言の痛みのラストが観ている私の胸に強く迫ってくるのです。
地平線に沈む太陽が、十字架を茜色に染めていきます。今、砂漠を立ち去る若者たちの中に、あのイエスを演じた青年の姿だけが、なぜか無いのです。それはイエスが、彼ら各自の中に存在するということか、それとも現代にイエスは存在し得ないということだろうか。この哀切な余韻をたたえて、この映画は静かに幕を閉じるのです。
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