未だ終わらない社会問題を鋭く描く社会はミステリー
哀しい行き違いで殺人を犯してしまった主人公
ある日、先進気鋭の音楽家の主人公の元に、かつて世話を焼いてくれた中年男性が尋ねてきます。彼は決して彼の過去を元に金を脅し取ろうとか、便宜を図れと迫りに来たわけでは無いのです。ただ、出世した我が子同然の彼に会いたかっただけだったのです。しかし、父の過去を知る主人公は哀しい過ちを犯してしまいました。とある偶然から全く別人の免許証を見てしまった男は、彼を問い詰めます。”この免許証どうしたんね!”揉み合いになる2人の男。音楽家は、はずみで時飛ばしてしまった男を死なせてしまいます。
”彼”を追う刑事たち
そして彼の死体を発見した刑事たちも犯人の行方を負います。被害者の方言やなどから犯人と被害者の背後関係を洗い出します。しかし、その過程で彼らはある社会問題に直面します。「ハンセン病」です。ご存の通り、かつてハンセン病にかかった人達は言語に絶する差別を受けてました。社会、そして家族から。適切な処置を行えば重症化を防げたにも関わらず、隔絶車両で消毒薬で真っ白になった汽車に乗せられ、療養所とは名ばかりの収容所に送られました。その収容所で行われていた”治療”はみなさんご存知のとおりです。布団が凍りつくほどの劣悪な環境で、子を産めないよう”断種”が行われるなど、まさに人権を踏みにじった所業が行われてきました。
”彼”の過去、そして終焉
そう、犯人である音楽家の父はハンセン病患者だったのです。当然ハンセン病に大して無理解である当時、そんな事がばれてしまっては彼の栄光への道は絶たれます。そこで彼は中年男性を手に掛けてしまった後、逃げ出してしまったのですが、本当に男性を殺したのは彼だったのでしょうか。つい二十年ほど前までは堂々と施行されていた悪法、「らい予防法」、そのものだったのではないかと私は思います。物語のラスト、刑事が音楽家の父親を尋ねて、音楽家である息子である写真を見せてこう問います。”貴方、彼をご存知ではありませんか”。老人は癒着した手でその写真を手に取り、絞り出すような声でこう叫びます。”おら……こんな人、知らねえ!!”。実の親子ですら、知らないふりをしなければ互いが不幸になる現実を見て、私は衝撃を隠しきれませんでした。そしてラストシーン。証拠が固まった刑事たちが音楽家となった息子が拍手喝さいを浴びるのを見届けた後、彼に歩み寄り、最後にはほっかむりをして放浪の旅にでる幼子と父親のシーンで幕を閉じます。私がこの映画を見たのは中学生の頃ですが、日本にこんな負の歴史があったことに愕然としました。今では治療薬があるものの、彼らにとってなんの救いがあるのでしょうか。今でも療養所がある限り、私達はこのような悲劇があったことを忘れてはならないと思います。
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