阿字野とカイの成長の物語
過去は未来のために
序盤の小学生のうちは、カイと修平の複雑な心理面がメインに描かれていきます。カイはピアノが大好きなだけ。森の端で唯一自分に与えられたピアノという遊び道具。気づいた時にはそこにあった森のピアノ。毎日毎日、自分の好きな音楽を弾き、耳コピを覚え、敢えて重くなっていた阿字野特性ピアノで指の力が磨かれていく。気づいた時には、ものすごい能力を持っていた…そんなカイが、修平というピアノ英才教育の塊みたいな転校生と出会い、そして音楽教師の阿字野と出会い、ピアノを真剣に弾く練習を始める…なんか、ストーリーがほんとに豊かですよね。才能に努力をプラスし、世界の高みまで登っていく。カイがすごくかっこいいし、修平が憧れながらも自分のピアノとの差を感じて恨む気持ちもすごくわかる。修平がいなかったらカイはピアノに向き合ってないし、カイがいなかったら修平は親が強制するだけのピアノを捨ててしまっていたかもしれない。
絵はそんなにきれいじゃないと思うんです。だけど、逆にすっと気持ちに入ってくるというか、カイの家族・家庭環境なんか特に、胸が打たれるものが多かった。レイちゃん、一生懸命考えて、カイのためにできること、カイがやりたいと思うこと、やれるように背中を押してくれてありがとう。最後を知ってレイちゃんのこと考えたら、もう涙が出まくってしょうがない。森の端での貧乏、学校でのわかりやすすぎるダイレクトないじめ、森で月明かりに照らされているピアノ…まさにそこがスタートラインとでも言うべき、森のピアノが雷に打たれて燃えてしまうエピソード…辛いことが全部、その輝きのためにあったんだって思えてきます。
年齢なんて関係ない
阿字野は、自分がピアノを、ピアニストとしての自分を、全部失ったんだと思っていました。何もかも自分の手の中にあったあの時。婚約者も、ピアノも、全部自分の手からこぼれ落ちていった。だから、阿字野しか使いこなせないピアノも捨てた。なのに、そのピアノを手に同じような才能を身につけたカイに出会った…もう運命としか言えない。なんだ、このミラクルは。ぐっと読者を惹きつけますね。そして阿字野は自分と同じ音が出せる、人の心を震わす音が出せるカイを自分の弟子として指導することを始めます。こいつなら世界で通用する。そして、カイの成長を見守っていく。必ずお前ならできる。まるで昔の自分を見ているようだから…カイを指導しながら、自分の心、自分のピアノとも向き合わなければならなくなっていく阿字野。お互いが、お互いを頼りに生きている。鏡みたいな存在だったなと思います。カイを育てて自分を育てる。阿字野を尊敬して自分を育てる。そうして世界へ羽ばたいていった二人が、何ともお似合いで…心打たれたな…
何となく、一般人だって心が揺れるような音楽ってわかるけど、もううますぎてみんな同じような感じだったら、違いってわからないですよね。音を通して理解する・何かがわかるってどんな世界なんだろう。耳がいいってどういう感覚なんだろう。知りたいですね~…大人になってからじゃ無理なんだろうな…ショック…カイの世界が感じてみたい。そう思わせてくれます。
境遇がすべて糧になる
カイの家庭環境の描写が妙にリアルで、生々しい。もちろん、レイちゃんの仕事柄、というのもあるんですが、そういう世界とそれを隔離しておこうとする世界があるんだということを伝えてくれていると思える。あのわかりやすすぎるいじめって、大人が言えないだけで、誰もが思っていることだったりする。それも全部わかっていて、でもやっぱりそこにいる。カイってかっこいいですよね。そしてその世界から飛び出すときに、音楽って関係ない。そこにあるのはピアノと、気持ちと、体一つ・指使いだけ。貧乏だってことも、親がどんな人間であるかも、自分が何者であるかも、関係ない。なんか、芸術の世界って素敵だ…
カイのそんな境遇がカイという人を作ってくれていて、誉子に多大なる影響を及ぼしたように、あらゆる何かにとらわれた人の心をことば・想いで揺らすことができています。音楽のすばらしさで訴えかけるものがもちろんあるのですが、カイという人間を知っているからこそ、涙が止まりません。
阿字野の悲しい過去、ピアニストの世界から遠のいたことへの後悔、それをカイを通してもう一度認識し、立ち直っていく姿。今度はもう一度ピアニストとして輝こうと思わせてくれた感謝。うん、ここまで長かったね…大変だったね…最初の1巻からずっと楽しんでいた読者の方からしたら、もう感無量だろうなと思いますね。何しろ18年ってやばいでしょ、完結するまで。流行りが3回くらい終わりそうなのに、ピアノの森はよくぞ止まらずにいてくれたなーと思いますね。カイの過去も、阿字野の過去も、修平の過去も、全部が、それぞれの感動的なラストにつながっています。
ピアノが…大好きなんだ
カイにはずっとピアノがいてくれましたからね。まさに「俺のピアノ」だった。それが雷に打たれてなくなるっていうのは、もう衝撃の出来事でした。カイの悲しみといったら計り知れないものがあります。ただこの描写は、カイが今までの森の端のピアノから卒業するということを意味していたと思うし、それくらいの衝撃でなければ決別できなかったくらい、カイと森のピアノは強くつながっていたんだなと思います。そしてそれは、阿字野が自分の過去との決別をすることも意味していましたね。捨ててしまったけれど、確かにそこにあったピアノ。それは、阿字野が捨ててしまったけれど、確かにそこにあった自分のピアニストとしての幻影でした。打ちひしがれたカイが、やっぱりピアノが大好きなんだって気づかされたとき、これはもう走っていくしかないなって思いました。
5年という間に、ピアノの技術力だったり、知識だったり、恋愛という気持ちだったり…お金を稼ぐってどういうことか、ピアノを弾くってことが自分にとってどういうことか、ない頭で一生懸命向き合っていく姿をみて、自分もがんばらなきゃーって思わされました。好きなことなら、辛いことが辛くない。好きなことを仕事にしていくときの辛さと、楽しさみたいなものを教えてくれたように思います。
ショパンコンクールの涙
最後のショパンコンクール編が、とにかく長かった。一人一人のピアニストの背景が濃いんですもん。しかも全部いい話…もう誰が優勝したっておめでとうと言いたい!というくらいのメンツでした。みんなが持っていた、大切な何かのための音楽。漫画だと音はわからないから悔しい。聴いてみたいなと思ってしまいましたよ、みんなの曲を。そしてそれを楽しむ姿を見たかった。茶色の小瓶なんて検索しちゃいましたからね、どんな曲か。
やっとの思いでたどり着いたショパンコンクールの頂点。その時のカイの泣く姿がさ…もうさ…顔を上げられないくらいの涙の流し方がさ…最高だったよ…。今までの全部が詰まってるっていうか。スタンディングオベーション、みんなの歓喜の姿、いったい何ページ使うんだよってくらい長かったですけど、それくらい言いたいことがあったよね、みなさん。
そして阿字野が前を向き、二人が同じ舞台に立っていく…なんて感動的。感無量とはこのことです。過去にとらわれていた人が救い出されていく姿。いいものを見させてもらったと思います。
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