現実離れしたストーリー展開に負けないリアリティあふれる作品
双子の悲しい決別
この本は冒頭、当麻克之、双子が恋焦がれている男性だが、その双子の片割れ、流風に告白するシーンから始まる。もう一人の双子、流水は彼女たちを祝福しようと一度は心に決めて彼のことを忘れようとするのだが…。
ここのシーンがすべての始まりである。双子が感染したウィルスは、双子であるからゆえに同じ体格体質をもつ彼女らなら当然同じ結果をもたらすはずだった。それが、片やウィルスを広げることのできる体質、片やそのウィルスを抑えることのできる免疫をもつ体質に分かれてしまった。本当は流水も流風を祝福しようと思ったのは確かだろう。感染する前の流水は優しく妹思いでいい子だった。それは、朝練の時のお弁当を作ってくれたりとか、ハイキングでも流風をいつも気遣っている様からもよくわかる。でもこの残酷なウィルスは、自分の意思と関係なく、妬みやそねみ、憎悪などを膨れ上がらせる。それを考えるとぞっとする。だって誰しも小さく黒い心は常に持っているはず。自分より恵まれている人をチラッとでも羨ましく思ったことはないだろうか。恋人を少しでも疑ったことはないだろうか。そういった小さい負の心を無理やり増幅させられるのだ。ましてや流水が思い続けた人は、自分ではなく双子の妹の方を選んだのだ。顔も声も体つきもまったく一緒なのに。克之が選んだのが他人だったらここまで憎むこともなかったかに違いない。流水がその時どれほどの思いをしたのか。その憎悪をウィルスは残酷に増幅していく。その結果、双子は想像もしていなかった決別を迎えてしまう。その原因が克之であることは、流風を限りなく愛する彼にとっても皮肉で苦々しいことだっただろう。
展開の早さの魅力
感染して手にいれた力に流水が目覚めてからは、怒涛の展開になる。多くの人を殺し(ここで克之の両親もその手にかかることになる。そして、両親を殺されて尚、流水そっくりの顔をもつ流風を愛することのできる強さが克之にはある。)、天才ジーン・ジョンソンを味方につけてからはウィルスを地球規模に広げるようとたくらむのだけど、それも克之が流水に逆らえないくらいの力を手にいれるためという、もうどうしようもなく破滅への道まっしぐらに流水は走っていく。このあたり、もう彼女は長く生きないだろうという予感さえする(読み進むとそれは当たっていたのだけど)。それくらい壮絶に彼女は暴走していく。
まったく関係ないけれど、この本を読んだ当時私は同級生に片思いをしていた。告白なんてするつもりもないまったくの片思い。その時の私に流水の「あたしは克之さんが欲しいだけよ!」の絶叫がとても強く聞こえた。私にはそんなこととても言えそうになかったから。
流水の魅力
シニカルに笑いながら、欲望と欲求に正直にあり、それを手に入れる手段をいとわない流水の態度は、ウィルスに左右されているとしても、現代にはないところだと思う。キレイにコーティングされたその現実の人々表情の下にはどんな欲望が渦巻いているのか、そういうことをうっすらと思わせてくれる。いくらイライラが募って鬱憤晴らしと称して物を壊しても人を殺しても、傷ついているのは自分自身-。同じような性格をもつ薫とそう話すシーンがある。その時見せた流水の表情はいままでになかったものだった。その時思ったのは、克之が欲しいといいながらも、今の自分のやり方で克之がたとえ流水のいいなりになったとしても、それで流水は満足できるのだろうかということ。睡眠薬でだまして克之と寝たときも、条件をもちだしてキスを迫ったときも、残ったのはただ深い哀しみだけ。そのことに流水はきっと気づいていたに違いない。きっとそれでも自分を止めることができなかったのだ。そこに流水の哀しみと怒りがあるんだろうと思う。
それでも最後、流風との決闘の場所で負けたとき、「あんたと双子でけっこう楽しめたよ」。この言葉はずっと流水の心にあったんだろう。
篠原千恵のリアリティのすごさ
篠原千恵先生の作品はほとんど読破した。これの次に気に入っているのは「闇のパープルアイ」。これは豹に変身する人間を描いたもの。こう描くとすごい突拍子もない設定なのに、本当にこういう人間がいるかもしれないと思わせるほどのリアリティを感じさせる表現には毎回頭が下がる。なんの不自然さもなくこういう設定で話を広げられていくのは、素晴らしい想像力と簡単に描いてそうなのにきれいな画風だからかもしれない。(余談だが、「闇のパープルアイ」テレビドラマ化されたけれど、あれは完全にミスキャストだと思う。豹に変わる人間に雛形あきこはちょっとふくよかすぎる。原作の倫子はもっとほっそりしていた。ついでにいうと慎也役の加藤晴彦も違うと思う。)
あと登場人物がみんな大人っぽい。「闇のパープルアイ」の慎也も倫子もそうだし、今回の流水、流風、克之も高校生とはとても思えない。でもそれは決してマイナスイメージでなく、なにかどこか心のどこかで「いいなぁ…」と思わせるだけにすぎないのだけど。
今回のストーリーも、宙に浮き、物体をとおりすぎる力をもつ、なんてすごい設定だと思う。ましてや作られた能力をもつ5人なんて、目玉だけテレポーテーションさせたりとか、自分以外のものを物体に埋め込む力とか、それがかなりのリアリティをもってこれでもか!と話が展開していく様は、もう脱帽としかいい様がない。
ただ本作は「闇のパープルアイ」の例を出してきていうと、実写化はしてもらいたくない。きっと漫画の世界での、彼女の絵があってこそのリアリティであって、今の邦画のCGでは映像化は無理だと思うから。
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