一人の女性漫画家の人生が赤裸々に
脚色あるにしても面白すぎる人生
人の人生って…こんなにおもしろかっただろうか。そう思わずにはいられない魅力がこの本にはあります。マンガ家としていろいろな作品を手掛けている東村アキコ先生のお話なわけですが、こんな感じで育ったんだー…と思いました。自分は完全に絵の天才だから漫画家になれるの当たり前みたいに考えられる理由なき自信…よくあるなー。昔だからあったんじゃないかなとも思うんですよね。現代っ子って情報をたくさん収集するのがうまいですから、とにかくリアルな現状を考えて、夢と現実の間でうまいこと妥協点を取ろうとしていることが多いです。でもこの主人公ときたら…絶対モテない。どんだけ自分しか見えてないんだよ、ウケる。「現実は小説より奇なり」とよく言いますが、まさにこのことだと思いました。
類は友を呼ぶというとおり、明子の友達である二見も相当な変わり者ですが、明子とまったく違っていたところは、意思がはっきりしている大人であるということですね。私自身はどちらかというと考えなしで、当たり前のように部活動に熱中し、当たり前のように勉強もがんばっていたので、当たり前のように大学を受けようというところまでしか道が決まっていませんでした。なので、どちらかというと明子に近い思考です。だから、二見みたいに意思がしっかりしていて、自分のやりたい方向が見えている人をみると、今更ながらこんな高校生だったら今はこんな仕事してないだろうなーと考えてしまいます。
絵が面白い
別に漫画家でもなんでもないけど、絵が下手だと思う。(笑)だからこそ面白いし、先生の怖さもすっと伝わってきます。読みやすさ、読者目線が伝わってくる感じです。1巻の時点で、アキコ先生自身の回想であることがわかっているので、先生とは悔いの残る別れ方をしたんだろうなとは予想ができたけれど、それでもどんな感じだったんだろう?と先の気になる書き方をしていて、魅力的です。先生は絵を描くことしか教えていないのに、明子の人生を決めるうえで重大なキーパーソンだったことに間違いはなくて、お金もほとんど無償のような状態でも絵を描くことを教えていた。地域にいるかっこいい人とはまさにこういう人の事を言うのだと思います。
終始ギャグのような話だけど、だいたいリアルな話なので、だよねーって大学出ている人が納得するようなことを描いてくれています。「大学って何のために入ったんだっけ?」もちろん、専門的な技術を学ぶために入った人は、その仕事に就くことがまずは1つの区切りです。でもそうやって専門的な道を選んだ人ですら、自分が歩んできた選択の道を振り返って立ち止まってしまうことがある…美大を出た明子だったら、その気持ちはもうすごい大きな不安だったと思います。大学の時代にこんな私にも付き合ってくれる彼氏ができた。でも、将来のことをちゃんと考えていなかった私にとっては、ただの子どもの恋愛にすぎなかった…そういうの、わかります。だって先のことなんてわからないじゃない、今の事だって精いっぱいだよ!そんな時に、絵を頑張って描いてきたということが明子の支えになってくれて、先生がいてくれて、本当に良かったと思うし、そんな人が近くにいてくれたことこそがかけがえのないものだったんだって思います。
大事なものはなくなってから気づく
大切なものって、なんで手の中にあるうちは大切だってわからないんですかね。当たり前のようにそばにあると、安心しちゃってどうでもよくなるのでしょうか。先生は先生で、いつも自分を叱る怖い人。なのに、ピンチの時になぜかちょうどよく言葉をくれる人…先生自身も、絵を始めたのは29歳の時。それでもそこからがんばって弟子入りして、描いて描いて描きまくって、そして絵を教える先生になった。自分のようにはならないで、大学にいって絵を学んで羽ばたいてほしい。そんな気持ちがきっとあったんだと思います。ちゃんと考えて選択しているつもりでも、後から自分がどこに立っていてどこに向かっているのかすらわからなくなる。そんなときに道しるべになってくれる先生がそこにいて、いつでも帰れる場所を用意してくれていた…なんていい人。竹刀で殴られるからなんだよ、ちゃんと自分を見てくれる人なんて、社会に出たら全然いないんだから!明子は幸せ者です。
全5巻を通して、先生ごめん、そんな言葉がずーっと語られていきます。死に目に会えなかった後悔、感謝しているのにもう伝えられないこと、感謝すべきだったのに気付いたのがすごく遅かったこと。怒られたことがあの頃は悔しくて悲しくてムカついてどうしようもなかったけれど、すべては自分のため・先生が自分に後悔させないためにやったことだったんだと今ならわかる。だから、人への感謝はすぐに伝えるべきで、大切なことからは逃げないように生きることが必要だなと思いました。
才能と努力
絵の才能って何なんですかね。努力で、描いて描いて描きまくって緻密に表現される絵と、心に響くような感性の塊みたいな絵。絵を学んだからと言って成功するわけではないし、才能があるからといってすぐに認めてもらえるわけでもない。名だたる画家たちですら、評価されたのが死んでからだったり、もう晩年というときだったり。芸術って何なんだろうって思います。綺麗だったらいいじゃない、おしゃれだったらいいじゃない。誰が描いたとか、お金がかかっているとかわかんなくていいじゃない。誰かの心を元気にしてくれたらそれでもういいじゃない?絵の価値は、時代が決めるんでしょうか。芸術の世界の才能と努力ってやつはいまだによく理解できません。芸術にルールも何もないんじゃないでしょうか。ただ、明子のように自分は絵がうまくて天才だとうぬぼれるようなことはしたくありませんね…
せっかく学んだ絵の描き方が、漫画に全部生かされているわけじゃないし、でも確かにその道を通っていなかったらわからなかったこともあるわけで。自分にどんな力が眠っているのかわからない、でもやりたいことと自分の能力が一致しないことが当たり前で、自分のやりたいことを辛くても選んでしまうのが人間ってやつですよね。
夢と現実
明子は漫画家になりたいと思い続けながら、美大へ行ったり、結婚してみたり、離婚してみたり…でもやっぱりマンガを描くことはやめなかった…好きなことはやめられないし、心でずっと引っかかっているなら、絶対やったほうがいいって思いました。このかくかくしかじかという物語は、明子が先生から絵を学び、先生なしには漫画家としてなんとかやっていけるまでには決してなれなかったのに先生を見送ることができなかった後悔、そして感謝が綴られたお話です。先生が教えてくれたことって、全然絵と関係なかったりするんだけど、先生が伝えていることは結局は「描け」という言葉に込められている通り、すごく単純なことですよね。描かなければ何も始まらないということ、逃げないということ、夢をかなえるためにがんばれということ、そして、どんなくだらない経験もすべてが財産になるということ。技術よりもパッションの部分が、人生においては大事であると伝えてくれている気がしますね。私自身も、高校生のときは脳内お花畑だったし、何も考えずに大学を出て、いまさら道が見えなくなって…ということを経験したことがあります。だから、この物語はすごい共感できるし、自分ももう一回頑張ってみようかなって思わせてくれるので、何回でも先生に会いに戻ってきてしまいます。
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