敬愛と、後悔が、滲んでくる
東村アキコの才能を再確認
東村アキコは、『海月姫』や『東京タラレバ娘』で人気を集める女性漫画家だ。軽妙な切り口と独特の着眼点で、独自の魅力を持つ漫画家である。実写映画・ドラマの題材になることも多く、おそらく『東京タラレバ娘』も近いうちに実写化するであろう。数多くの連載作を持ち、出版社からの信頼も厚いと筆者は推測する(作者の人脈の広さは、漫画のあとがきや本作『かくかくしかじか』など随所で推し測ることが出来る)。
そんな人脈を持つ東村アキコならではの連載作が『かくかくしかじか』だ。世の中には多くの漫画家がいるが、自伝的漫画作品を刊行出来るのはよほど作者に信頼がないと出来ない。そういった意味でも、東村アキコがどれだけの才能を持ち、出版各社から期待を受けているかわかる。
無念録であり懺悔録。なによりも、深い後悔に胸を締め付けられる。
この『かくかくしかじか』を新品で手に取った人、もしくは最初にネットでこの作品のあらすじを見たという人はご存知だと思うが、この話は「東村アキコの自伝」という切り口でのみ説明されている。なので、何も知らずにこの作品を読んだ人は、東村アキコがこの作品を通して何を伝えたかったのか、思わぬ“不意打ち”を食らって面食らったことだろう。
そう、この作品は“先生”への悔恨の気持ちが綴られた、「無念録」ともいえる内容だったのだ。
本編でも説明されているが、この『かくかくしかじか』を描く際、東村アキコはネームをろくに切らなかったという。漫画家にとっての命ともいえるネームを切らずこの作品を描いてきたというのは、つまりそれだけ、作者のひたむきなありのままの想いが詰まっているとも言い換えられる。
ここでの「ひたむきな想い」は、「痛切なまでの後悔」といってもいいかもしれない。
実際、ところどころに挿入される作者のモノローグは、唐突でまとまりがない。作中では何度も繰り返して、“先生”に向けてのメッセージが発せられる。最初はなぜこれほど繰り返されるのか、無意味に叙情的でうっとうしくなるほどだ。
だが、読みこんでいくにつれ、“先生”の身に何が起こったのかを読者がぼんやりと悟り――これが東村アキコの等身大の気持ちなのだろう、と推測したとき、読者の胸には深い悲しみが広がる。まるで東村アキコの気持ちが、そのまま乗り移ったかのように。
そして最終巻では、涙があふれて止まらなくなる。この本を読んでいくのは、本当に辛い(筆者はぼろぼろと泣きながら読んでしまったほどだ……)。
『かくかくしかじか』は、漫画の形を取って生み出された、尊敬する“恩師”への敬慕と後悔が詰まった一冊だ。
そして、この本を出版することにより、東村アキコは自分の想いを昇華したかったのだろう、と筆者は思っている。それはもちろん、この本を書いて天国の“先生”に許してもらおうなどという都合の良いものではなく、ただ“先生”に、「ごめんなさい、ごめんなさい」とひたすら謝りつづけたい、その気持ちを漫画として表現しているのだ。
これは“先生”の墓標であり、弔いの花なのである。
……だから、出版社ならびに編集さんに文句を言いたい。もっとこの作品にどういった意味が込められているのか、理解したうえで表紙絵のデザインとかオビを考えてくれ。ドラマチック・シリーズとか内容が伝わらないんだよ……!!!
『かくかくしかじか』を取り巻く賛否両論
さて、そんな号泣必至(?)の『かくかくしかじか』ではあるが、実はその内容は賛否両論が分かれるという。
というのも、否定派の意見として、結末の明子の行動が許せない、という意見が多いようだ。先生の後を継いで美術教室を続けることもなく、それどころか絵を描くこともなく、自分の漫画だけに没頭し、遠い地で先生の死を知ったこと。これについて、許せないと思う読者が多かったようだ。確かに、漫画作品のキャラクターとしてはあるまじき行動ではある。
だが、否定派の方がこの考察を読んでいるなら、ちょっと考えてみてほしい。
肯定派の筆者ははっきりと述べたいが、これは自伝なのである。東村アキコは現実に生きている漫画家としてこの作品を描き、自分がしたありのままのことを漫画として記した。
作者はこの作品をいくらでも美談にすることが出来る。それなのにそうしなかったのは、先にも述べたように、これは東村アキコの懺悔録という意味合いが強い漫画なので、あえて自分を美化することはなかったのだろうと筆者は思っている(それどころか、自分を責めているようにしか見えない……)。
そのうえで、筆者は言いたい。
「もし、貴方の大事な人が死ぬとわかって、その死に向き合うことが出来ますか?」
「自分の生き方を決めてくれた、長年支え続けてくれた、強くて曲がらない真っすぐな人が、日に日に弱っていく様を、受け入れることが出来ますか?」
断言するが、筆者は絶対に逃げる。もしかしたら良くなるかもしれないという淡い希望を抱いて、辛い現実から逃げて仕事や遊びに逃避するだろう。そうしないと、自分が生きていけなくなるから。
自分が最低なことをしたと知ってなお、この作品を書き上げた東村アキコに、心からの敬意を表したい。
そして、日高先生に、哀悼を。
貴方の育てた林明子は、多くの人を時に笑わせ、時に勇気づけ、時に感動させる、素晴らしい画家であり漫画家です。
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