松尾スズキの舞台人らしい仕事を楽しむ
「これが何であるかは俺が決める」という感覚
2007年作品。2005年に上梓され、同年の芥川賞候補にもなった松尾スズキの同名の小説を自身が映画化したものです。舞台にあまり興味がないので、彼の活動のコアである「大人計画」についても良く知らず、もっぱらテレビや映画での露出を通じて知っている人でした。監督作を初めて見ましたが、人間の持つ様々な側面を、あえて絞らずにだだっ広げるように見せて来るあけすけな感覚がとても面白かったです。
多くの人が幅広く製作に関わる映像作品というものにおいては、作り手全体のコンセンサスを得るためにも「これはこういう映画です」と、監督自身があらゆる立場の人に対して端的に説明、プレゼンする機会がたびたび必要になる側面があるのじゃないかと推測します。それゆえ、もちろん監督の人によりけりなんだとは思いますが、結果的に、ジャンルあるいはカテゴリーの枠にどこか自らをはめたうえでの表現になってしまうという場合もあるのだろうなと思います。
また、映画においては、スクリプトを元に、本当に様々な役割の人々ががそれぞれ主体性を持って進行していくと思うので、現場における監督は、演出家であると同時に、各要素の不確定部分を「ジャッジする人」であったり、異なる立場の人々の「調整をする人」であったりといった、チームワークを取りまとめる人として機能するという意味合いも結構大きいと思うのです。
ところが、松尾さんは舞台の演出家ですので、映像の演出家とはなりたちが違う。リーダーシップのありようも違う。
この作品を見ていて、すごく感じたのが、「これが何であるかは俺が決める」という演出家の感覚です。演劇の世界は極端な話、演出家だけが分かっていればいい、他の人々は、基本徹底的に受け身であり、コマのひとつとして存在している、という感覚でやれる世界なのでは、と感じます。そういう意味では、演劇における演出家は、映画監督よりはオーケストラの指揮者に近いのかもしれません。
この映画には誰のコンセンサスも求めていない開き直りのようなものがあります。人や出来事を媒介として、正体なく形を変えていく奇妙な生物のような定まらなさがあって、それが観る者をわくわくもさせ、怖がらせもします。テーマが精神病ですから、それが相乗効果のように、なんとも不安定な危うい感覚もたらす効果をあげています。
主演は内田有紀
主演は内田有紀。爽やかできれいな女優さんですが、今ひとつ引っかかるものがないというか・・・、主演を張るのは意外と感じる役者さんではあります。はすっぱな役をよく演じていたけれども、この人の持つ健やかさのようなものが、役の危うさと矛盾する雰囲気を生んで、個人的には違和感を感じてしまう瞬間がところどころありました。ゲロとか、ミミズ腫れのような気味の悪い蕁麻疹とかで見た目にも汚れを加味していたんだけれど、やっぱりどこか上品すぎてそぐわない。どうにも負け犬感が出にくい、という印象でした。
でもだからこそ、彼女だけがあの場所からサバイブしたのだ、という説得力になると捉えられなくもないですが。元風俗嬢のエロコラムニストにほんとーうに見えてしまったら、それはそれで痛々しくて見てられないのかもですね。
脇役たちの個性が光る
むしろ、この作品は脇役の安定感、そして友だちなんでしょうか、滅多に見られないカメオ出演の人たちのキャスティングの面白さが際立ちました。
特に庵野監督や、塚本晋也監督などは、ただ話題性に寄与しているということではなく、すごく彼らの個性をいい意味で生かしていて、それぞれはまっていて良かったです。松尾スズキの人間に対する洞察力と、演出家としてのセンスが垣間見えるなあと思いました。
クドカンは上手くもかっこよくもないけれど唯一無二のいい個性だったし、蒼井優や大竹しのぶはまあそうでしょう、という職人ぶり。精神科病棟の人々も、それぞれ愛おしくなるような人間くささがあって。ああいう「普通の人生」からドロップアウトした場所ならではの嘘のなさと、同時にデタッチメントな感じは、とてもリアルでした。精神科にお見舞いに行った時の感覚をありありと思い出しました。
誰でもこちら側になりうるのだということ
あれ、まかり間違ってこっちの世界に迷いこんじゃったよどうしよう、というライトなノリから始まるこのお話。
精神科病棟で出会う人との関わりや、自分自身の蘇る記憶との化学反応で、たまねぎの薄皮を剥いていくみたいにして「一見こんなもんだとタカをくくっているフツーの人」がそれぞれいかに抜き差しならぬものを抱えて何とかバランスを取って生きているのかということを、見る人はアスカの人生を通して徐々に思い知らされることになる。その愕然とするような種明かしの感覚が、この映画の面白さだと思います。見た目の明るさ、テキトーさ、シリアスさで人間の抱える問題の根深さは簡単には量れないんだよと言っている。
同時に、私自身を含め、何となく自分自身にもタカをくくっている人たちに、あなたのすぐ脇にも深くて暗い穴が開いているよと言っている。これはそういう映画なんだと私は感じました。
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