なぜストーリーが破綻しているのか - スカイ・クロラの感想

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スカイ・クロラ

4.004.00
文章力
4.13
ストーリー
3.75
キャラクター
3.88
設定
4.25
演出
3.50
感想数
4
読んだ人
14

なぜストーリーが破綻しているのか

4.54.5
文章力
5.0
ストーリー
3.5
キャラクター
4.0
設定
5.0
演出
3.0

目次

シリーズ名の看板にして、問題作

まず初めに、この小説はシリーズものであることを示しておく。このスカイ・クロラという小説、これ一つでも成立はするが、その話の真相はナ・バ・テアから続く一連の作品を読まなければわからない。もしこれを読んでいるあなたがスカイ・クロラしか読んでいないというのならば、これ以降の文章はわけがわからないことだろうとだけ言っておこう。さて、このスカイ・クロラシリーズ全てを読んだ人にとって、この作品ほど厄介なものはない。クレイドゥ・ザ・スカイも難解だが、あちらはわかってしまえばただの叙述トリックのようなものである。あれは主人公が草薙であることを意図的に栗田のように見せることで、混乱を誘っていただけだ。初めからこれは草薙水素だと思って読めば、実にすんなり理解できる。ちょっと違うっぽい?と思う文章は、作者の騙しなのだ。しかしこのスカイ・クロラは、そう単純ではない。スカイ・イクリプスに収められた短編を除けば、シリーズ中の時系列的には一番最後に位置しているこの小説なのだが、ほかの作品を読んでから読み直すと明らかに矛盾した描写が多いのである。その最たるものが、栗田が死んでからの日数だろう。なんと、一週間と経っていないというのである。これはおかしい。彼が死んだのは、スカイ・イクリプスやクレイドゥで描かれていた事から考えるに、明らかにクレイドゥの手前である。スカイ・クロラで示された日数経過や、人物の名前を全て信じるならば、草薙は栗田を殺して一週間以内に病院へ入院し、抜け出し、発見され、ひとつの基地でパイロットとして活動したのち、司令官としてスカイ・クロラの基地へと移ったということになる。ブラック派遣なんてレベルじゃない。この状況で、カンナミは「ほかの人たち全部合わせたよりも戦果を挙げた」のたまったことになる。どんな化物だ。これはハッキリと、無理だと言える。次に気になるのは、カンナミという名前である。その名前は草薙水素がダウン・ツ・ヘブンで出会ったパイロットなのだが……結論から言えば、スカイ・クロラのカンナミはあの彼ではないだろう。それはクレイドゥではっきりとネタばらしされたと言っても良いくらいだ。駆け足にクレイドゥをまとめれば、エピローグにて明かされた事実は二つある。一つは、カンナミ=草薙であるということ。そしてもう一つが、偽草薙の存在。この偽草薙こそ、スカイ・クロラの物語の最後のピースである。

カンナミが草薙であるなら

カンナミ=草薙ということに関しては、ブーメランを渡されただけという、クレイドゥのみの情報ではまだミスリードでありえたが、スカイ・イクリプス収録のドール・グローリィにおいてミズキが「お姉さんのために編んだのよ」と発言していたことで疑いのないものになったと思う。なぜその名前を選んだのかはわからないが、きっと純粋さへの憧れみたいなものがあったのだろう。ではそれを前提に、時系列の矛盾はさておいて、スカイ・クロラで起きたことを考えてみたいと思う。あの物語の骨子は、結局のところ「草薙」を名乗る司令官が新しく赴任してきた「カンナミ」こと、真・草薙に撃ち殺されたというだけの話である。なんでそんな危なっかしい二人を同じ基地に配属したんだ……という疑問は残るが、まあなんか事情があったのだろう。ところでスカイ・クロラの中には、主人公を草薙とするといくつかおかしな点がある。例えばミズキがわざわざ訪ねてきたとき、カンナミは上半身が裸であったこととか。うーん……。いや、別におかしいというわけではないのだけれど、しかし周りの反応は何か変わるだろう。同室のトキノがいる前で上が裸なくらいはまだ言い訳が効くにしても、男の前で平然とそんな格好をしているのを見たミズキが、それに対してなんの反応も示さないのはおかしい。だがしかし、あの時ミズキが、記憶のない姉を前にして話しているがゆえに、うまく話せないでいると考えることはしっくりくることも確かだ。そういう諸々の情報を加味したうえでスカイ・クロラの全体を見渡せば、この話は破綻しているということに気がつくだろう。そう、破綻。明らかに、ぐっちゃぐちゃ。単体で見れば問題はないのだが、シリーズで考えてみればしっちゃかめっちゃかだ。もはやパラレルワールドと言っていい。では、この話はウソなのか?……そんなことはない。大抵の人がたどり着く結論ではなるが、このスカイ・クロラの物語とは、夢なのである。

夢の構成要因

さて、あの話はまるまる夢だったなどと言ってしまえば、「なんだよそれ」と思われるかもしれないが、そうとしか説明がつかないのだから仕方がない。あるいは、記憶の追走とも取れる。スカイ・イクリプス最終章で草薙本人も言っていた通り、キルドレの思考は抽象的で、ぼんやりとしている。いろんな記憶がごちゃまぜになって、経験したことや、聞いた話が混じり合うと、その章では述べられていた。この説明は、作者からのスカイ・クロラという小説的にちょっと無理のあるオチのためのネタばらしであったのだと思われる。「あれは、本当の話じゃないよ」という、作者のメッセージなのだろう。あれがキルドレの症状なのだとしたら、破綻している方が、それはよりよく示されるくらいなのだ。しかし、考察はそこでは終わらない。興味深いのは、草薙が自らの頭の状態に関して、いろんな情報が混ざっていたと表現していたところにある。あの夢のような話が本当に夢なのはいいとして、その構成要素を考察してみるのは価値があるだろう。例えば、同室がトキノである意味とは、なんだろうか。当然草薙ことカンナミが、フラッタ・リンツ・ライフで登場していたトキノと同室であったとは考えにくい。トキノ同室説はきっと、ウソだと思う。時系列的には、彼は生存さえ怪しい。では、なぜそんな風な夢になっていたのか。これにはきっと二つの理由がある。第一に、カンナミが偽草薙の基地に移る前に、一緒の部屋にいた男は体が大きかったこと。第二に、栗田の同室がトキノであったこと。この二つの情報が、「同室のトキノ」というイメージを作り出したのだと思われる。フーコを贔屓にしていることもまた、ウソだろう。カンナミは物語の中で、明らかに自分の立場を栗田の立場とキルドレ式思考術において混同している様子である。また、意外千万にも、草薙とフーコは仲が良かったことがクレイドゥで判明している。栗田がフーコの客だったことと、自分の経験が、あの夢の中にもフーコを登場させたのだろう。実際問題、例の館にフーコは既にいなかった確率が高い。スカイ・イクリプスで、フーコは草薙名義でお金をもらい、仕事を辞めることに成功しているが、この時の基地の司令官はまだ偽草薙ではなかったのだから。お金を渡すというはクレイドゥの主人公とフーコの約束であり、そのことからもクレイドゥの主人公は草薙であったことが断定できる。ちなみに笹倉に関しては、いまいち判断がつきかねる。もしかした本当に最後の基地にいたのかもしれず、あるいはいなかったのかもわからない。偽草薙相手に照れていた描写が、他作品に類例がないことを考えれば、実際にあの場所にいたのだろうと思えるのだが……いずれにしろ、その実像は多分に歪められた形で描写されていたことだろう。このように、スカイ・クロラのなかに出てくる情報のほとんどは、シリーズ内のほかの作品と微妙に関わっていることが多い。これには多少メタな事情も関わっているのだろう。作者が書いた順番は、スカイ・クロラが最初である。本人はこれ以上書かせてもらえるとは思っていなかったようだ。なので、続きを書いて良いとなった時に、このスカイ・クロラを前提に話を構築した……ゆえに、断片的にスカイ・クロラの情報が他の作品に散りばめられている。物語的な順番とは逆と言える。ところで、この読み方をでスカイ・クロラを読んでいけば、物語の中で、何が「本当にあったこと」で、何が「記憶の混濁が生んだもの」かがはっきりする。すなわち、前作までに類例のある話はかなりウソの確率が高いということだ。三ツ矢なんかは、それっぽい人物が他にいないわけだし、多分本当にいた変な奴だ。逆に本田(偽草薙を止めようとした人)は、ナ・バ・テアでの登場以降、かなりワケのわからないタイミングでの顔見せであることを考えれば、ちょっとウソっぽい話である。夢の中の登場人物って、なんだか意味がわからないことが多々あるが、なんだか彼は一番それっぽく感じられる。まあ、そこはどうでもいいところだけど。こんな感じで読み返すと、色々と新しい発見もあるかもしれない。筆者的にわからないのは、カンナミが海に落ちて助かった話である。あれ、イクリプス内で正確に描写されたお話だが、あの時のパイロットが草薙であったかは判然としない。あれも、誰かの伝聞であったのか?なんとも区別がつかないものである。

偽の草薙は誰?

偽草薙という情報は、それこそ一番夢っぽい話だが、これが確たる事実だというのだから驚きだ。長年草薙をストーキングしてきた記者が、「あれは偽物だ」と言うんだから間違いない。しかしまあ、会社も冒険的な人事をするものである。この偽草薙、実は正体がいまいち判然としないのだが、筆者の考えでは、あれは本当に誰でもない、適当に見繕われた誰かである。その根拠となったのが、スカイ・イクリプス収録の、スピット・ファイア。この時登場する喫茶店はミートパイを出していたり、フーコたちが来ていたりと、おそらくは例の喫茶店であるのだが、ここにいつも同じ曲を聞いて帰っていくそれっぽい人物が出てくるのだ。彼女こそ、偽草薙であるのだと思われる。こればかりは印象頼りだが……ここで示された彼女の性格と、カンナミこと草薙が夢の中で、司令官であった頃の自分の記憶とが合わさってできたのが、スカイ・クロラでの、「草薙」であると考えると、ものすごくしっくりくるのだ。実は筆者の一番のお気に入りである彼女、一体何者であったかは完全に読者に委ねられている。元エースという肩書きは草薙のものだろうが、彼女もパイロットであったに違いない。スピット・ファイアで、大人の駆け引きでいい男のバイクに乗っていた彼女……彼とはどんな仲になったのだろうか。作中で、偽草薙は自らの死を願う。その理由はなんだったのか。わかるようで、わからない。物語上重要な位置にあったキャラクターたちの中で、もっとも情報が少ないのが彼女である。スピンオフでないかな……でないね、うん。

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スカイ・クロラの魅力についての考察

Fはじめに~本書についてと、考察についてスカイ・クロラシリーズと称されるシリーズの第一巻目。シリーズといっても、この一巻で一つの話は完結している。森作品のいずれにも言えることだが、全ての小説がどこかで連結していて、ところどころに伏線が張り巡らされている。森作品を何冊か読んだことのある読者なら、「一冊だけを取り上げて考察するなど、到底無理だ」と思うかも知れないが、森博嗣ファンとしてではなく、一読書家として、他話を踏まえず本書だけを考察してみる。そうすることで、このストーリーを純粋に楽しみ考察することが出来ると思っている。架空世界をリアルに描き出す表現力の考察まず、主人公目線で突然当たり前のように話が始まるが、明らかに舞台は我々の住んでいる場所ではない。登場人物はカンナミ(後の巻で函南と分かる)、草薙、土岐野など、日本人のような名前だが、日常のように殺し合いの戦いが起こっている。しかも戦闘機...この感想を読む

4.54.5
  • ranranranran
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