本格ミステリー×医療の融合 - 天久鷹央の推理カルテ IIの感想

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天久鷹央の推理カルテ II

4.504.50
文章力
3.50
ストーリー
4.00
キャラクター
4.25
設定
4.00
演出
3.50
感想数
2
読んだ人
5

本格ミステリー×医療の融合

4.54.5
文章力
3.5
ストーリー
4.0
キャラクター
4.5
設定
4.0
演出
3.5

目次

読みやすさの秘訣

本作は、『仮面病棟』、天久鷹央シリーズがともに20万部を超える大人気作家、知念実希人による天久鷹央シリーズ第二弾です。

本シリーズで探偵役を務めるのが天久鷹央。童顔、低身長、患者に子供に間違えられるような幼い容貌ながらも天才診断医として大病院で活躍する名医師です。Ⅰ巻を読んだ方はご存知の通り、彼女は古今東西ありとあらゆる知識をその小さな脳に詰め込んでいる代わりに、いわゆる「常識」というものに欠けています。例えば年上年下関わらず「お前」と呼んだり、遠慮や謙遜といった些事に全く関心がなかったり…。この一風変わった探偵と、それに振り回されるワトソン役との掛け合いがテンポよく、物語をシリアスすぎないようにやわらげてくれています。

ところでこのキャラクター、桜庭一樹『GOSICK』の探偵役ヴィクトリカに大変似ていると思いませんか。人形のような容貌、小さい身長、図書館の本を全て暗記しているかのような膨大な知識を基に、次々と謎を解決してゆく美しいヴィクトリカ。天久鷹央はヴィクトリカの医者版のようで、普段小説を読みなれない読者にも親しみやすいキャラ設定であると感じました。「なんだ、そんなことも知らないのか」と言いながらつらつらと解説してくれる方が、面倒がなくわかりやすいからです。 

また、『仮面病棟』に比べラノベ要素が強くキャラクターの会話シーンが多いということも、医療モノに馴染まない若い読者層を取り込む要素だと感じました。挿絵に涼宮ハルヒシリーズで大人気イラストレーターとなったいとうのいぢを起用したことから、表紙だけでも本作に対する期待を感じられます。 

本格ミステリー×医療

では、なぜ知念実希人は医療モノにこのような探偵役を描いたのでしょうか。知念自身は学生時代からシャーロックホームズや御手洗潔シリーズを好んで読んでいたそうで、本作はそれを受けて初めて書いた本格ミステリーであると発表しています。

また、医療モノはいつの時代も必ず流行るもので、ある意味定番ジャンルであるとも言えるでしょう。漫画であれば『ブラックジャックによろしく』『コウノドリ』『フラジャイル』、小説であれば『白い巨塔』、『神様のカルテ』、チームバチスタシリーズなど枚挙に暇がなく、どれも映像化するほどの人気作です。

本作の新しいところは、この医療というジャンルと本格ミステリーを掛け合わせたことにあります。

作者は東京慈恵会医科大学卒業後、2004年より内科医として勤務経験もあることから作品内の医学的なリアリティは正に玄人はだし。デビュー作を評価した島田荘司からも「背後に存在する深い医学的知見に都度圧倒される」と絶賛されています。

このように、医療モノを書かせれば飛ぶ鳥を落とす勢いの知念氏が、満を持して本格ミステリー界に参戦したのですから、面白くないはずがありません。

医療×本格ミステリーの難しさ

しかし、これは思いついたからと言って簡単に書けるものではありません。というのも、本格ミステリーにはある程度のルールが存在するからです。有名なのがノックスの十戒とヴァン・ダインの二十則と呼ばれるもので、例えば探偵役はカンで犯人を当てるなとか、超能力を使うなとか、存在しない毒を使うなといったようなものです。これは1928年に発表されたもので、現代のミステリー界においてはあえてこの原則をぶちやぶるような作品も多くありますので、これを必ず遵守しなければならない、ということではありません。ですが、少なくとも「本格ミステリー」とカテゴライズされるものには無意識にこの原則を期待してしまうのも事実です。犯人を当てようと真剣に読んでいるのに、「犯人は透明人間だった」なんて言われたらもう読む気をなくしますので。

さて、そのヴァン・ダインの二十則の中に、このようなお約束があります。

事件の真相を説く手がかりは、最後の章で探偵が犯人を指摘する前に、作者がスポーツマンシップと誠実さをもって、全て読者に提示しておかなければならない。

ヴァン・ダインは謎解きをひとつのスポーツのようにとらえていたので、このような言い方をしていますが、要は読者にも謎を解く材料を全て公平に与えて下さいねということです。

ですが本作のような医療×本格ミステリーの場合、病名当てが目的となるため、犯人がいないだけでなく、患者が症状を全て教えてくれたところで医療知識のない読者には謎の解きようがないのです。これでミステリーとして成立させるのは難しいので、これまではあまりこのようなジャンルはありませんでした。

本作がそのようなハンデを負ってもなお読者を飽きさせないのは、診断の他にちょっとした謎を加えているからだと思います。例えばⅡ巻では、病院内で血液パックが紛失するという“吸血鬼”の謎や、天使が見える少年の謎など、犯人当て要素を加えています。これが本シリーズの秀逸なところなのです。

確かな医療知識とその経験、そして本格ミステリーを名乗って恥じない謎解き。これらの要素を全て兼ね備えた良作は、まだまだ続編執筆中とのこと。まだ明かされていないエピソードもありそうなので、今後も目が離せません。

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