大御所ならでは。辞典も合わせて楽しめる。
読者を選ぶ、さすがは大御所
朝日新聞で連載していた本作品のことを知ったのは、著者がホームページ上で、『枕詞逆引き辞典』というのを公開していたからだ。この『聖痕』という作品に、古語を多用する新しい試みをしており、読書の助けにしていただきたい、というようなことを書いていて、すぐに興味が湧いた。
さらに、『創作の極意と掟』(著/筒井康隆)の中でも、本作『聖痕』は読書慣れしている読者を想定して書かれた実験的作品である、ということが語られており、読書好き、筒井ファンとしては読まないわけにはいくまい。
本作は、書き出しからして確かに風変りで、少し小説をかじっている人ならば、どのあたりが実験なのか、小説慣れしてない読者はどこで躓くのかなどを考えながら読むのも楽しい。
私が個人的に感じたことだが、こうしたクルクルとスピーディに展開していくような構成は、会話同様、女性の方が柔軟についていきやすいのではないだろうか。男性じゃないので、本当のところはわからないけれど。
まさか、人生がまるごと描かれるとは思わなかった
歴史上の人物とか、自分の半生をモデルにした物語とか、ある人の一生を描いた作品自体は珍しくはないと思うが、この展開と設定で、まさかあそこまで主人公の人生が進むとは、正直思わなかった。
最初は、古語がどうとか、いろいろ考えながら読んでいたのだが、読み進めるうちにそのあたりは全く気にならなくなり、一体どうなっていくんだろうという好奇心で最後まで一気に読んでしまった。
筒井作品は、どれを読んでも筒井節なのに、とても一括りにはできない多様性があるのが本当にスゴイ。SF作品も好きだしブラックユーモア物も好きだけれど、この作品のように、「こんな話があってさ」と、話上手な人が、まるで語って聞かせてくれるように進んでいく作品もとても好きだ。
人は余分な何かをもって生まれているんだろうか
本作を読みすすめながら、同時に頭のどこかで「主人公は、生殖器と共に、人としての何かを失ったのだろうか」とぼんやり考えていたように思う。
それというのも、自暴自棄になってもおかしくないような事件に主人公は遭遇したというのに、ドロドロと人間臭く愚かな周囲をヨソに、むしろ神聖さすら漂わせながら淡々と歳を重ねていくからだ。何かが欠けた人というよりは、とても自立した人間のように思えてくるのだ。ということは、人はこの世に余計な何かをぶら下げて生まれてくる、ということなのだろうか。
筒井作品には、本作の主人公以外にも、人間を半歩くらい超越したキャラクターが登場することがあるが、この作品の主人公は超能力も持たず、科学者など特殊な職業の人でもない。とても合理的で知的で美しい、ただそれだけで、異質と認められ、妬まれたり崇められたりする災難にあってしまうところが、妙にリアルだと感じた。もし、主人公の幼少時の悲劇を周囲が知ったら、主人公に対する見方が変わるのだろうか、それとも相変わらずなのだろうか。
お店のホームページをチェックしてしまうほど食べたくなった
料理に人並み外れた才能を発揮する主人公が、炊き出しで提供したという極上の焼きそばをはじめ、夕食で家族にふるまわれる絶品の料理を食べてみたいものだ、と思わずにはいられない。
と、思っていたら、筒井先生の行きつけなのか、小説の協力者のところに、あるお名前が載っていた。思わずホームページをチェックしてしまったのは私だけだろうか。
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